リッチー・ モウンガ(ラグビー)「チームがどれだけ 団結できるか、 それが試されるシーズンになる」
最強との誉れが高いオールブラックス。その代表が日本のチームで戦っている。彼は何を思い、この地にやってきたのか。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」〈2026年1月5日発売〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/岸本 勉
初出『Tarzan』No.917・2026年1月5日発売

Profile
リッチー・ モウンガ/1994年生まれ。176cm、83kg。2013年にカンタベリーに加入し、16年からはクルセイダーズでもプレイし、スーパーラグビーで7連覇を果たす。17年、オールブラックスに初選出。ワールドカップでは19年に3位、23年に2位。23年11月に東芝ブレイブルーパス東京に加入。リーグワンで23-24年シーズン、24-25年シーズンと連覇。
経験を重ねるうちに、いい緊張の中で落ち着けるようになった。
ラグビーの〈東芝ブレイブルーパス東京〉で、司令塔であるスタンドオフというポジションを務めているのがリッチー・モウンガだ。なんといっても経歴がスゴイ。ラグビー大国ニュージーランドのカンタベリーに生まれ(ラグビージャージのメーカーの名としても有名)、名門クルセイダーズのスーパーラグビー7連覇を牽引した。7年間、他チームの追随を許さなかったのだ。モウンガはこの時間で、戦うことにおいて何を学んだのであろう。

「クルセイダーズのデビューのときは、試合の前日にこういうシチュエーションになったらどうしようとか、楽しみもあるけれど、不安がすごく大きかったです。ただ、経験を重ねていくうちに、いい緊張感の中で落ち着けるようになったし、自信を感じることもできた。いろんなシチュエーションに対してどうすればいいかを理解できるようにもなりました。試合前の1週間で準備をして、試合の前夜になってもしっかりイメージを持てるようになったのが、大きかったと思っています」
そして、彼はオールブラックス、つまり世界最強と称されるニュージーランドの代表として、2019年、23年のワールドカップに出場した。ところが、結果は3位、そして2位。接戦を重ねながらも、優勝することはできなかった。

「ワールドカップはラグビーで最高の舞台です。その準決勝、決勝は本当に頂点。他の試合とはまったく違う緊張感がある。負けたら終わりで、結果によって天と地の差がある試合に向かうのは、重圧が大きかった。19年の準決勝は初めてのワールドカップだったし、年齢的にも若かった。だから、緊張感をすべて背負って試合に入るような状態でした。どういう緊張感を持つべきか、これは必要のない緊張感かというのを、精査して選別する作業ができていなかった。ただ、23年は経験も積んでいたので、こういうプレイをするという明確な絵を目に浮かべながら、試合に臨めた。それだけに、決勝で負けた時はラグビーをやっていて初めて、心が壊れるというか、どうしようもない悲しさを感じましたね」
今まで必要なかった力が、日本で養えたらいい。
その人生初の悲劇的な出来事の直後、モウンガは東芝でプレイするため日本にやってきた。彼が日本に来ることはラグビーファンにとっては大きな喜びだったろう。ひとつは世界的なスーパースターを間近で見られるということ。そして、もうひとつが3年という長い契約だったことだ。
ニュージーランドでは自国でプレイしている選手しか代表になれない。だから、これまで代表選手が海外へ行くときは“サバティカル”という仕組みを使った。これを使えば1年契約を結ぶことができ、その間は長期休暇とされ、代表の試合にも出られる。
そういう選手たちは1年契約とはいえ、実質は6か月あまりチームに合流するだけである。しかし、モウンガは代表を辞してまで、長期契約を結んだ。ひとつの疑問は、なぜ日本だったかである。

「カンタベリー(この名のチームもある)やクルセイダーズで10年間、クライストチャーチの同じ家に住んでプレイをして、オールブラックスに招集されれば帯同するという生活をしていました。でも、何か違うことを求めたくなった。そのタイミングで日本からオファーがあって。元チームメイトやコーチなど日本の経験がある人も多くいて、悪いことを言う人は一人もいなかった。日本には何度か試合で来ていたし、その文化やライフスタイルも素晴らしいと感じていて、子供を連れてきて家族と暮らしていく、生きていくにはとてもいい国だと思ったんです」
確かに日本は暮らしやすい。しかし、モウンガにとって日本でプレイする意味はあるのか。日本のラグビーは近年強くなった。しかし、冷静に見ればまだ欧州、南アフリカやオーストラリア、そしてもちろんニュージーランドには届いてはいない。

「世界最高レベルの相手と毎週試合をして、より強くなりたいというのは確かにありました。でも、たとえばニュージーランドでは周りのレベルも高いが故に、自分には決して求められない役割もあった。ひとつにはリーダーシップです。英語がわからない日本人のチームメイトとうまくコミュニケーションを取りながら、彼らの先頭に立って一緒にプレイする。自分が持っている経験や知識を仲間と共有する。そして、東芝に良い影響を与えられたら、自分にとってもすごく人間的に成長できるんじゃないかと思ったんです。チームを一丸にするような、今まで自分に必要としなかった力が、ここで養えたらいいと感じていたんです」
充実した時間を過ごした仲間と国を背負って対戦できたら、それは大きな誇りになる。
想いは見事に結実する。かつては名門だったが低迷を続けていた東芝は、モウンガが加入した23—24年、2年目の昨シーズンと日本のトップリーグ・リーグワンで連覇を達成する。彼自身は2年連続でMVPに輝いた。そして、3連覇を目指した戦いは、すでに始まっている。
「自分が来たからというだけではなくて、この2年間でチーム全体のスキルレベルの向上は感じています。ただ、今年はリーグワン史上一番タフなシーズンになると思う。それぞれ他のチームも自分たちを狙って臨んでくるので、苦しい状況に陥ることもあるでしょう。それを、チームとしてどれだけ団結して乗り越えられるかというのが、勝敗以前にすごく試される一年になると思う。もちろん、目指すのは優勝ですけれど」

今シーズンを以て、モウンガと東芝の契約は終わる。そして、26年7月から27年までのニュージーランド協会との契約締結が発表されている。つまり、27年に行われるワールドカップにオールブラックスの一員として出場する可能性があるわけだ。
というより、ニュージーランドの多くのファンもそれを望んでいるのである。そうなれば、日本代表とも戦うことになるかもしれない。
「もし人生の導きでそんなときが訪れたら、すごく特別な試合になるだろうと思っています。今こうやってチームメイトと毎日一緒にプレイして、トレーニングして、カラダをぶつけ合って、もうただの友達じゃなくて、本当に兄弟と呼べるぐらいの関係が出来上がっている。充実した時間を過ごした仲間と、国を背負って対戦できるとしたら、その機会をもらえたことが大きな誇りになると思っています。そして、それをもらえたことに対する自分なりの尊敬の記しとして、自分がどれだけ高いパフォーマンスを見せられるかということが、大切になるでしょうね」


