女子陸上日本記録保持者・田中希実が語る“楽しく”走り続ける方法
陸上1500m、オリンピックでこの種目に出場した日本人選手はこれまで皆無。それが、東京では田中が堂々と結果を残した。打ち立てた日本記録は3分59秒19。今回は、そんな田中に初心者が楽しく、長く走るにはどうすればいいかを自身の子供の頃からの経験を踏まえて教えてもらう。
取材・文/鈴木一朗 撮影/下屋敷和文
初出『Tarzan』No.820・2021年10月7日発売
田中希美さん・健智さん
教えてくれた人
たなか・のぞみ、かつとし/親子であり、選手とコーチの関係でもある2人。2019年、希実の所属クラブ変更に伴い、かつて陸上選手であった健智が担当コーチとなり本格的に指導に参加。
きれいな景色の中で、最初はジョグからでも
夢の祭典が終わって、田中の中では大きな変化が起きたようだ。
「結果を出せたことで気が楽になったというか、オリンピックの名残なのか、走っていてもスピードが乗せやすくなったし、ジョグもリズムを作りやすくなった。今は久しぶりに走るのが楽しいと感じています」(田中希美選手)
心身の疲労を回復させ、いま一度競技への意欲を高めるため、大会後に田中は北海道に赴いた。といっても、そこでも走るのは日課であるが。
「北海道は合宿でも行くのですが、今回はそういう場所ではなくて、リフレッシュを兼ねて富良野とか函館に行きました。景色がいいので走っていて楽しいし、ルートを決めずに走ったので、あとで地図で見直して“こんなところを走っていたんだ”ってわかったりとか。何かすごく新鮮な感じがして面白かったんです」(田中希美選手)
父は3000m障害の元エリート選手であり、母は北海道マラソンで2度も優勝したランナー。田中は3歳のころから、両親とあらゆる場所を走ってきた。
「母が海外の大会に招待されたり、父がランニングイベントを開催したりして一緒に旅行できるのが楽しかった。だから走ることよりは、そのオプションが好きだったんです」(田中希美選手)
走り疲れたら親がひょいっと背負ってくれる。幼いころから、いろんな風景の中を走ってきた。その思い出が、今の彼女の根っこにはあるのかもしれない。陸上の道に進むと決めたのも、オーストラリアの美しい海岸線を走る、ゴールドコーストマラソンの4kmレースで優勝したときだ。小学校6年生だった。
「都会の人には難しいかもしれないんですけど、まずは景色がきれいでランニングコースもあるような場所を走ると楽しいですよ。何のストレスも感じないし、時間もあっという間に過ぎてしまいますから。今回の北海道はランニングコースがなかったのですが、人自体があんまりいないから快適だった(笑)。いつもトラックで練習しているので、まったく違った感覚で走れましたね」(田中希美選手)
伸び悩み始めたら、 ちょっと追い込んでみる
さて、田中が練習のときに活用しているギアが、スポーツウォッチである。走った距離、心拍数、スピードなど、さまざまな情報をデータとして残しておける。そして、これが初心者ランナーにも有効だと言う。
「自分の過去のデータを見ることができるのが好きなんです。それが貯まりだしたら、自分の足跡として捉えられるからいい。ここが成長したなとか、ここが落ちてきたなということがすぐわかって便利ですしね」(田中希美選手)
1秒を削り出すために練習を重ねるトップアスリートにとって、データの変化はごく僅かだ。ただ、初心者にとっては、大きな励みとなる。
「走り始めのころは、データはどんどんいいほうに変わっていくと思います。自分も小学校のころ、走れる距離が2kmから3kmになっただけでも、すごくうれしかった。最初は、できることが増えていくばかり。だから、楽しみに繫がると思います」(田中希美選手)
また、この蓄積が近い将来の大きな武器となるかもしれないのだ。
「自分は続けてきたことをやめることができないんです。小学校3年から書き始めた日記も、面倒と思いながら続けていますし。こういう感じだから、続けられたかもしれません。でも、もし走るのをやめたくなったとき、自分がしてきたことを振り返ることができれば、もったいないって思えるかもしれないですよね」(田中希美選手)
両親の関係で、田中は市民ランナーの人との交流もある。そして、彼らが本当に楽しそうに走っているところも何度となく目にしている。
「走り続けていると、やっぱり苦しくなる時期はあるんです。そんなときには、わざと追い込むのもひとつの手。ある程度まで行った市民ランナーの方だと、今日はスピード練習の日と決めて、会社終わりに走っていたりする。キツいのを含めて、ランニングを楽しんでいるんですね。
もちろん最初はジョグから始めればいい。それで伸び悩み始めたら、ちょっと追い込んでみる。少しだけですよ。必ずレベルはアップするし、これまで以上に走る面白さもわかってきます。そうなれば走ることが楽しくて、逆にやめられなくなってしまいますよ(笑)」(田中希美選手)