ともに90年代にアメリカの大学で学び、全米アスレティック・トレーナーズ協会が認定する国家資格を取得した鈴木岳さんと、佐保豊さん。
鈴木さんはモーグル、アルペンスキーの専属トレーナーとして4度の冬季五輪に帯同、ロンドン、リオ五輪では日本選手団トレーナーを務めた。さらに水泳の北島康介選手などもサポートしてきた。
一方の佐保さんはNHLアナハイム・ダックス、チリのサッカーチームCSDコロコロなどでトレーナーを務め、アイスホッケー日本代表チームのヘッドアスレティックトレーナーをしていた経験を持つ。
近年、フィジカルとメディカル双方の知見の深さから注目を集めるアスレティックトレーナー。その観点から見る機能的なカラダとは一体どんなものなのか。パイオニア同士の対談から探っていこう。
アスレティックトレーナーとは?
アメリカではATC(Athletic Trainer, Certified)とも呼ばれ、NATA(全米アスレティック・トレーナーズ協会)が認定する国家資格「米国アスレティックトレーナー資格認定委員会公認アスレティックトレーナー」の保有者を指す。
1991年に米国医学会より医療資格者と認定されており、スポーツ選手がケガをした際の応急処置や、治療後のリハビリテーション、選手の健康管理、パフォーマンス向上のためのトレーニング・コンディショニング計画の策定などが主な仕事とされている。
パフォーマンスとメディカルの2つの柱を作って運営されるアメリカのチームスポーツでは、メディカルチームに加わる場合が多い。また、アメリカでは、スポーツでのケガや運動機能障害を主に診るスポーツクリニックに勤務するアスレティックトレーナーもいる。
実は鈴木さんと佐保さんは、大学こそ違うもののアメリカで学んでいた頃からの友人。佐保さんは、鈴木さんが代表を務めているR-body projectの立ち上げメンバーの一人でもある。
R-body projectを通じてカラダをRe-body=再生することを発信し続けている鈴木さん。日本のスポーツ環境をより安全にする目的で、スポーツセーフティージャパンを運営している佐保さん。メディカルの視点からもカラダを見るアスレティックトレーナーのお二人が考える機能的なカラダとはどんなものなのだろうか。
アスレティックトレーナーとは、何をする人なのか。
ターザン 本題に入る前に、アスレティックトレーナーとはどんな仕事で、何をする人なのか。お二人の考えを教えてください。
佐保 僕が考えるアスレティックトレーナーの仕事は、スポーツ現場なり運動現場なりにおけるコーディネーター。アフターケアやコンディショニングはもちろん、健康維持に必要なカラダまわりのことを整える役割だと思っています。アメリカではアスレティックトレーナーの資格を取得する際に、医学的なこと、栄養学的なことも学ぶんです。
鈴木 そもそもはケガをしたアスリートを復活させるのがアスレティックトレーナーの仕事。なのでアメリカでは大学スポーツ、プロスポーツの中でリハビリを担当することが多いんです。あとはスポーツクリニックで働いたりもします。
ただ僕らの資格も日本では民間資格なので、当然アメリカと同じことができるわけではありません。ヨーロッパはまた別の文化圏という感じで、スポーツの現場でもリハビリを担当するのは、フィジオセラピスト(理学療法士)の仕事なんです。
佐保 僕がサッカーの代表チームやクラブチームで働いていたチリは、ヨーロッパに近い感じのスタイルでしたね。僕はフィジオという肩書で主にリハビリを担当して、応急処置をするのは別の人でしたから。
鈴木 日本でチームスポーツに携わるとまた違うよね。トレーニングとリハビリと両方まとめてお願いしますっていうことが多いし。
佐保 メディカルとパフォーマンスの両方が分かるオールラウンダーなのがアスレティックトレーナーのいいところではあるからね。
アスリートたちのカラダはどれだけ機能的なのか。
ターザン お二人はさまざまな競技のアスリートのカラダを見てこられたと思うのですが、やはりトップ選手のカラダってとんでもなく機能的なのでしょうか?
佐保 そもそもアスリートのカラダが機能的かというと、必ずしもそうじゃないと思います。競技によっても違いはありますが、トップレベルに行くほど、ものすごく偏ったカラダの持ち主だったりしますから。
鈴木 個人タイトルを何度も獲得しているプロ野球選手をサポートしていたことがあるんですが、関節の可動域をチェックしたら、びっくりするぐらいの狭さでした。カラダの柔軟性は一般人以下。
それでも自分の関節可動域の範囲でカラダを連動させてバットを振るのがメチャクチャ上手いし、走らせたら速い。そういうアスリートは多いと思いますよ。
佐保 アイスホッケーの選手は長時間スケート用の靴を履いているから、足首が固まってしまって、全然動かないという選手が結構います。スケーティングは華麗でも、陸上を走るのは苦手。
膝から下はバレリーナのように細かったりもします。競技用に作り上げられていると言えばそうなんですが、バランスをとらないとケガをしてしまいます。
ターザン アスリートのカラダが理想形ではないとして、我々一般人が目指すべき機能的なカラダってどんなものでしょうか?
佐保 本来であれば脳や内臓のコンディションも含めて整える必要がありますが、物理的にカラダを動かすことだけを考えたら、止めるべきところを止められて、動くべきところが動かせる、ケガをしにくいカラダなのかなと思います。
鈴木 ケガをしないって、アスリートにとっても一般人にとっても、ものすごく価値が高いよね。カラダは取り替えられないから。
佐保 人生は100年時代と言われているから、現在の平均寿命よりもプラス20年ぐらい持たせることも考えないといけないし。
鈴木 2月で50歳になったけど、まだ半分だもんな(笑)。
どうすればケガをしにくいカラダになれる?
ターザン 30代、40代であちこち痛がっている場合じゃないですね(笑)。ケガをしにくいカラダになるためには、どうすればいいでしょう?
佐保 自分のカラダを知るっていうのは大切な要素ですよね。例えばハムストリングスが硬い、筋力の左右差が大きいと知っていれば、改善策を考えることができます。自分のことがわからなければ、トレーナーを頼るという選択肢もあります。
鈴木 それから正しい動作パターンを増やしていくことですね。たとえば床に落ちているものを拾うとき、膝が優位に動くのか、股関節なのか、背骨なのかって人それぞれですけど、解剖学的に適切な可動域で動かしている分にはどれも間違いではありません。
ただ、股関節があまりにも動かなければ、動作パターンが限定されて、ほかの関節に過度な負担がかかります。各関節の可動域が広くて、動作パターンをたくさん持っている人ってケガが少ないんですよ。
佐保 もちろん個人差もあって、全ての人がこうあってほしいという教科書的な関節可動域に達するわけではないですが、それを補うオプションを含めて動作のバリエーションが多ければケガをしにくくなりますし、パフォーマンスも向上します。
鈴木 腰痛だってほとんどの場合は腰に原因はなくて、どこかが動かなくなっている代償を腰が支払っているわけですからね。原因となっている部位には痛みがないので、問題に気がつきにくいのは確かですけど。
佐保 そういう意味でも自分のカラダを知ることが大切だよね。ベースを知っていれば、小さな変化にも気がつけるし。
鈴木 だから日々カラダを動かすことが重要。定期的にストレッチをしていれば、ふくらはぎに張りがあるとか、肩の動きが悪いといったエラーに気がつけますよね。早めにエラーを見つけて、それを改善するのがコンディショニングです!
では、“機能的なカラダ”を目指すには何をすればいいですか?
このエクササイズをやってみよう!
「体幹の安定はケガをしない機能的なカラダに不可欠」と佐保さん。カラダを動かす際に常に使われ、姿勢の維持にも関係する体幹が安定しないと、肩、肘、股関節、膝などの関節への負担が大きくなる。
また上半身と下半身の動きを連動させ大きな力を出すためにも体幹の強さは重要。チューブを利用して負荷をかけると体幹を意識しやすい。
このエクササイズをやってみよう!
「パソコンやスマートフォンの操作、長時間のデスクワークで猫背になり、胸椎を伸展させられない人が多くなっている」と鈴木さん。胸椎が機能不全に陥れば、それに連動して股関節や肩甲骨の動きも悪くなり、あちこちに不具合が起きてくる。
カラダの機能性を維持するために、胸椎の可動域を保つことが大切。あなたの胸椎は大丈夫?