依存症からいかに回復するか。田代まさしさん「いろんな人を傷つけたけど、いちばん傷ついたのはオレ」
覚せい剤取締法違反で数回の逮捕歴がある元タレントの田代まさしさん。服役後、薬物依存症者のリハビリ施設〈日本ダルク〉の職員として自らの回復に努め、新規メンバーのサポートを担当する。そんな田代さんと、ダルク代表の近藤恒夫さんに依存症の実態を語ってもらった。
取材・文/井上健二 撮影/水野昭子 イラストレーション/山口正児
(初出『Tarzan』No.703・2016年9月8日発売)
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※原稿初出は雑誌『Tarzan』No.703・2016年9月8日発売
田代:テレビで毎日面白いギャグを言わないといけない。そのプレッシャーに疲れ果てて心が弱ったとき、誘惑に負けた。「元気、ないっすね。元気になるの、ありますよ」と声をかけられた。覚せい剤だとピンと来たけど、少年時代ずっとシンナーを吸っていてシンナーはやめられたから、覚せい剤もやめられると思った。
けど、どんどんハマり、初めは仕事のために薬を使っていたのに、薬のために仕事をするようになってしまった。
近藤:覚せい剤で1回目の逮捕後、イベントで会ったときに「ダルクへ来たらどうだ」って誘ったのが出会いだよね。それから3か月後にまた覚せい剤で逮捕。もったいないと思ったよ。1回目は許しても、2回目となると社会の目も厳しいからね。
田代:あのとき誘いに乗れなかったのは、「薬中(薬物依存者)ばかりのところに飛び込んで、やめられるはずがない。そういう場所に近づかないで自分で治せる」と思っていたから。けれど、苦しみがラクになった、気持ちよかったという記憶は脳に強く残っていて断てなかった。
近藤:嫌なことは忘れられるけど、気持ちいいことは忘れられない。私自身、今年で薬物をやめて36年になるが、心地よさは残っている(笑)。
田代:近藤さんは元患者じゃなく、やめ続けている現役の患者。だから説得力がある。この人の言う通りにすればやめられると信じて頼った。
近藤:マーシーは有名人だから、言動が注目されすぎて余計に大変。
今日一日、やめる努力をする。その積み重ねで回復する
田代:ダルクのプログラムは1日3回、経験者同士がミーティングを重ね、「just for today」を合言葉に今日一日やめることを繰り返す。そう説明して「やめ続ける自信はないですが、今日一日やめる努力を怠らないとお約束できるようになりました」と取材に答えたら、記事の見出しに「田代まさし、開口一番、今日はやってません」と書かれちゃう。
近藤:覚せい剤で捕まった有名人は即座にやめることを強要される。カメラの前で「もうしませんね?」と問われて「申し訳ありません」と頭を下げる。明日のことは誰にもわからないし、本当はまだ欲しているのに「やめます」と言わざるを得ない。
田代:十数年間梅干しを食べていなくても、見ただけでツバは出る。それと同じで薬物を見たらいまでも脳が勝手に反応しちゃう怖さはある。
近藤:「意志の力で頑張って薬をやめます」ではなく「やめたいけど、いまはやめられない」と言えるのが理想。僕はいつも「やめるのを、やめましょう」と言っている。意志を鍛えるという発想が間違っている。滝に打たれたり、お遍路に出たりしても、依存症には決して勝てない。
田代:オレもそうだけど、薬物事犯は再犯率が高い。刑務所にいる間、薬物から離れるだけでやめられるなら、再犯率が高いはずがない。受刑者の6〜7割は薬物絡みだから、共通の話題は覚せい剤だけ。「田代さん、こんな打ち方、知ってますかぁ?」って声ばかりかかる。刑期を終えて出てきたばかりのときは「やめられるかどうかわかりませんが、見守ってください」というのが本音。カメラの前でそう言ったら大変。
近藤:大バッシング、大炎上だね。
田代:ダルクでは自分に正直になり、薬の前では無力だったと認めるのがスタート。明日は約束できないのに「二度としません」と噓をつくから、プレッシャーになる。
近藤:回復には裏表のない厳密な正直さが必要だよ。家族のためにやめると決意しても、家族と関係がこじれたら「苦労してやめてるのに何だよ」と憤り、再発に走る危険性がある。
孤立させない。地域社会でフォローアップする
田代:いろんな人を傷つけたけど、いちばん傷ついたのはオレ。自分自身のためにやめなきゃと思えたら、肩の荷が下りてラクになった。ダルクのミーティングでも最初、入所者の話を聞いていても「オレはここまでひどくない」と違いばかり探していた。けど、次第に「こういうところはオレと一緒だ」と同じ部分を探して共感できるようになってきた。
近藤:たった一人で薬物依存症になった人はいない。薬物を提供し、打ち方を教える仲間がいた。だからやめるときも共感できる仲間が必要。刑務所に長年隔離したら孤立するばかり。
田代:孤立して元の鞘に収まったら、薬物絡みの仲間が寄ってくる。
近藤:そこは発想を変えて、依存症に罹った病人を何年も閉じ込めるのではなく、地域でフォローアップする仕組みを作るべき。それをダルクは30年以上やっている。
田代:自分では手に負えないから、大きな力に委ねたくなる。大きな力は神様ではなく、自らの心に潜むスピリチュアルな目覚め。オレはいま自分なりにそう理解しています。
近藤恒夫(こんどう・つねお)/日本ダルク代表、NPO法人アパリ代表。歯の痛みを緩和するために用いた薬物に依存した体験を踏まえて、薬物依存症患者の回復支援の活動を続ける。『薬物依存を超えて』(海拓舎)で吉川英治文化賞受賞。
田代まさし(たしろ・まさし)/元タレント、歌手。2001年に覚せい剤取締法違反で逮捕。その後も再犯で、04年と10年にそれぞれ懲役3年6か月の実刑判決を受けて服役。現在は日本ダルクの職員として出版、講演などで活動中。