〈HOKA〉の《CLIFTON PRO》|履きたい、走りたい

styling,text: Masayuki Ozawa photo: Kae Homma hair&make-up: Moe Hikida

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シューズ《CLIFTON PRO》 22,000円、ロングスリーブT 6,270円、以上ホカ、問い合わせ先:デッカーズジャパン、ハーフパンツ 11,000円、サングラス47,410円、以上オークリー、問い合わせ先:ルックスオティカジャパン カスタマーサービス、ソックス 5,500円 アンダー、問い合わせ先:アンダー

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文・小澤匡行

1年前にも〈HOKA〉についてここに寄稿したが、このわずかな期間で《CLIFTON》というシューズに対する感覚や評価が変わったかといえば、正直なところそうでもない。そのくらい、このシリーズは更新を重ねても、自分たちのコンセプトに忠実であり続けている。

Apple製品のように、新しいイノベーションをアップデート毎に取り入れる革新性はユーザーにとって刺激的だ。しかしランニングシューズに関しては、大きな変化よりも小さな進化の方が、自分に寄り添ってくれるような安心感を覚えるものだ。もちろん、メーカーやモデルによって期待する役割は異なるが、少なくとも僕は〈HOKA〉に対して、いつも伴走するシューズであって欲しいと思っている。

7月に発表された新しい《CLIFTON》は、接尾語に「PRO」がついた。おそらく「Professional」の略なのだろうが、マックスクッション系のデイリーシューズという立ち位置にこだわってきた《CLIFTON》のプロ仕様とは、誰にとってのものか、が少し気になった。

Apple製品にもたくさんのPROがある。その感覚に近いのであれば、専門家というユーザーの属性ではなく、標準モデルに対しての上位概念をあらわす言葉なのだろう。「プロが使うためのギア」と「より高性能なギア」では、「WHO」と「HOW」くらいの違いがある。僕たちはいつから、プロでもないのにPROを選ぶようになったのか。随分と理屈っぽい話だけれど「どう使うか」を考えることで、このシューズが少し自分事に思えてくる。

《CLIFTON》は現在、2026年に発売された11がシリーズとして最新で、それは日常のジョグに使う、生活に密接なランニングシューズとしては(現時点での)傑作だと思う。足をゆりかごのように転がせるロッカー構造の恩恵は大きく、昨今のランニング人口の増加にもっとも貢献したシューズのひとつといえる。

そこから派生した《CLIFTON PRO》は、PROGLIDE+というミッドソールのシステムが特徴だ。実際に履いて走ってみると《CLIFTON 11》よりクッションに分厚さを感じるし、反発性能も極端ではないけど高い。でも、まったく別のシューズに変わったという訳でもない。足元が優しくバウンドすることで、いつものジョグのペースが無理なく、気づけば上がっていく。これは僕のような素人のランナーでも、アスリートでも同じ実感なのではないか。

そこまで頑張っているわけではないけど、ちゃんと前に進んでいる。その感覚から思い浮かべるのは、エンジンや機体に負担がないように、一定の速さで進んでいく船や飛行機だ。つまりこのシューズには、巡航という役割が合っている。最大速度ではなく、保ち続けられるスピードのことだ。

週に何日か走っていると、毎回、自分に無理を押し付けるわけにはいかないが、そんな日でも走ることに何かしらの意味をちゃんと持たせたいと思う。少し切ないけれど、僕はもう、自分の最大値を高めることだけに走り甲斐を感じる年齢ではなくなってきた。つまり目的と負荷を分離させることで、走ることそのものを無償の行為として楽しんでいる節もある。もちろん、限界を超える楽しさもまだ見つけていたいが、原稿に日々追われていると、そのための環境がいつまでも整わないことにストレスを感じることもよくわかっている。

この連載を書くようになって、カール・ゼーリヒの『ローベルト・ヴァルザーとの散策』という本を読んだ。スイスの編集者であるゼーリヒが、精神療養施設で暮らす作家、ヴァルザーの元を定期的に訪ねては、二人でただただ歩いた時間を綴った作品だ。病によって文学界で沈黙したヴァルザーは、もう書くことから距離を置いていたが、二人で長く歩くことが、文学や社会に洞察を巡らせる時間へと変わっていった。散策とは、目的地に向かうことではなく、考えるための状態を指す言葉だったのだろう。

それを読んでから、走ることが、書くための方法そのものでありたいと思うようになった。机に向かっていない時間も、書くための行動であると思えたら、学びながら苦悩する原稿という仕事を続けていても、幾分か幸せになれるような気がする。

どれだけ速く走ったかよりも、どんなペースで、どんな時間を過ごせたか。ただ負荷を下げることで、退屈なランニングにしたくはない。最高速度よりも巡航速度にこだわることもロードランニングの醍醐味だと思う。でも、走る前から目的を与えなくてもいい。今日は10kmを5’00で走ると最初から決めてしまうと、ランニングはただの計画の遂行になるからだ。とりあえず走り出してみて、自分と身の回りの世界を見ることができるペースを探す。一定に走り続けているうちに、その日のランニングに意味が見つかってもいい。

レースペースなら、その道はコースでしかない。ジョグなら、その道は風景になる。では巡航はどうだろうか。タイムを意識できるくらいの速さはあるけれど、苦しくて世界が消えるほどでもない。風景を眺めて何かを考える自由でありながら、自分だけの秩序を探したくなるとき、《CLIFTON PRO》を履くとよいと思う。心地よい巡航ペースを、少しだけ上げてくれる。そのくらいの「プロ」がちょうどいい。