「”アウトドアライター”という、少し変わっているかもしれない職業」文・高橋庄太郎|A Small Essay
ウェルビーイングな時間ってなんだろう。様々な人に、その人ならではの視点でエッセイを寄せてもらいます。
text: Shotaro Takahashi Photo: Tarzan
文・高橋庄太郎
「お父さんの仕事は、山に行くことと、2階に行くこと」。まだ幼稚園にも入っていないころの、僕の息子の言葉だ。
僕は山を中心としたアウトドア系のフリーランスライターで、1年のうち半分ほどはどこかのフィールドへ出て取材や撮影をしている。帰宅すれば、自宅の仕事部屋(以前は2階にあった)で原稿を書く。街の中での取材や打ち合わせ、スタジオ撮影などもいくらかあるとはいえ、山へ出ている時間や原稿を書いている時間に比べれば、大した分量ではない。
山の取材、とくに実際に山を歩きながら撮影していく山旅のルポは、完全に肉体労働だ。取材時の被写体(山を歩く登山者の役割)として読者モデルのような人や本職のタレントさんを頼むこともあるが、厳しいルートを歩ける人は限られ、スケジュールも確保しにくい。出演料としての費用もかかってしまう。だから、被写体としてアウトドアライター自身が登場することは珍しくない。
本来は裏方であるライターが相当な頻度で誌面や画面に登場してくる分野は、アウトドア以外にはほとんどないだろう。ライターとしてのキャラが立っていようといまいと、必然的に「顔出し」する機会が多くなり、恥ずかしがって顔を出さないで仕事をしようとすると、仕事の幅が狭まっていく。顔を出さないで仕事量を高いレベルでキープする方法もあるのかもしれないが、少なくても僕は顔出しを厭わないことにより、なんとか現時点まで業界内をサバイブしてきたように思う。一時期、僕はアウトドア系のテレビ番組にも関わっていたが、そのロケのときもタレントが体力的・技術的に行けないような場所、怪我をする恐れがある場所には、僕自身が出演していたのだった。
僕のアウトドアという趣味は、高校入学時に山岳部へ入ったことに始まる。つまり、10代の時から好きだったことを仕事にしているわけだ。世の中では「好きなことを仕事にする」ことの是非はよく話題になり、「好きなことを仕事にすると、結局つまらなくなる」などともいわれることは多い。だが、少なくても僕の場合、好きなことを仕事にして正解だった。山という自分の好きな場所へ、ライターという自分で選んだ仕事で行けるのだから、幸せなものだ。悪天時に山を歩いてツラいめにあっても、締め切りに追われて徹夜が続いても、まったく不満ではない。いっしょに組んで山取材を行なうフォトグラファーと、次のときは同じ山にプライベートで遊びに行ったりすることもあるくらい、人間関係も良好だ。
趣味の分野をテーマにしているライターは、大きく2タイプに分けられる。アウトドアを例に説明すれば、ひとつは「アウドドアの仕事をしたくて、その中からライターという職業を選んだ」人。もうひとつは、「ライターという仕事をしたくて、その中からアウトドアという分野を選んだ」人だ。
前者は、アウトドアライター業で食えなくなったら、アウトドアメーカーやショップに働き口が空いていないか、という発想になる。登山ガイドといった資格をとって、新しい仕事を得ようとする方法もあるだろう。しかし後者の場合、アウトドアライターで食えなくなったら、音楽やグルメといった他の方向などで原稿を書く仕事が見つからないかと考える。要するに、「アウトドアライター」といっても、立ち位置が「アウトドア」にあるのか、「ライター」にあるのか、そこが大きな違いだ。
僕は完全に後者だ。そもそも就職活動をするときに、アウトドア系の会社は一切受けていない。雑誌の編集者になりたくて、出版社だけを狙った。そして、なんとか出版社に潜り込んでファッション系の編集者をしているうちに、自分がもっとも好きな分野であるアウトドアの仕事に特化したくなったのであった。なお、編集という仕事は多岐にわたり、自分で原稿を書く機会も多い。そのために、僕のように編集者という職業からライターや作家になる人は珍しくない。
雑誌というメディアの力が衰え、現在はウェブメディアが主流だ。最近はAIを駆使すれば、ライターでなくてもそれなりの原稿を作ることができる。しかし、原稿化したい情報がまだウェブ上に拡散していなければ、AIでは新情報が盛り込まれた記事を作成できない。自分で取材して独自に入手した、いわゆる一次情報をもとにした原稿は、生身のライターでなければ不可能なのだ。
だが、それも自分の体が動き、自力で情報を集められるうちだけである。アウトドアライターは肉体労働。今後もしも怪我や病気で体が動かなくなってしまったら、僕はどうやって生活費を稼がねばならないのかと、いくらか不安にもなる。健康であっても、歳をとれば体は動かなくなっていくのだ。
それにしても、フリーランスのライターに必要な「能力」は、なんだろうか? 最低限の執筆力や取材力はいうまでもなく、アウトドア系ならば体力も必要だ。だが、それ以上に重要なのは、「楽観的であること」ではないだろうか。怪我や病気、仕事がなくなることなど、将来の不安を考えすぎると、プレッシャーに押しつぶされそうになる。昔からフリーランス業には、将来への不安のあまりに心の病気になったり、宗教に走ったりする人がとても多い。だが楽観的な性格であれば、もとから大きなプレッシャーを感じずにすむのである。
結局、仕事というものは、性格がポジティブな人に集まりがちだ。僕がポジティブな人間であるかといえば、本当のところ、なんとも言えない。しかし、好きなことを仕事にできている以上、少なくてもネガティブな状態ではないとはいえそうだ。

Profile
高橋庄太郎(たかはし・しょうたろう)/アウトドアライター。1970年、宮城県仙台市生まれ。出版社勤務後、無職時代を経て、フリーランスに。著書に『テント泊登山の基本テクニック』(山と渓谷社)、共著に『無人地帯の遊び方』(グラフィック社)など。好きなフィールドは、北アルプス、知床、南西諸島。イベント出演も多く、アウトドアギア製作のプロデュースも行なっている。


