『 トータル・リコール』(1990年)「シュワちゃんの圧倒的筋肉は男女の境界さえも攪乱する」|入江哲朗の筋肉映画論。
鍛え上げられた肉体は、なぜ人を魅了するのか。この連載では、アメリカ思想をバックボーンに映画批評を執筆する入江哲朗が映画史に残る名作を題材に、筋肉と映像表現の関係を読み解く。今回は、アーノルド・シュワルツェネッガーの圧倒的な肉体が、SF映画の常識さえ大胆に攪乱した『トータル・リコール』(1990)を取り上げる。
edit: Keisuke Kagiwada
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Collection Christophel/アフロ
入江哲朗(いりえ・てつろう)/東京外国語大学世界言語社会教育センター講師。著書に『火星の旅人─パーシヴァル・ローエルと世紀転換期アメリカ思想史』。
アーノルド・シュワルツェネッガー主演の筋肉映画を見ることの喜びは、私たちの常識がほどよく揺さぶられることに存します。
暗殺用サイボーグは目立たない普通体型にするのが無難だとか、敵の電話連絡を阻止したいのだとしても敵を電話ボックスごと投げるのはやりすぎといった常識の数々を、『ターミネーター』や『コマンドー』は攪乱します。
攪乱に私たちが乗せられてしまうのは、はじめにシュワルツェネッガーの圧倒的筋肉をまざまざと見せられた時点ですでに、常識が揺らぎはじめているからです。
圧倒的筋肉のインパクトを起爆剤とした常識の攪乱—これがシュワルツェネッガー主演作の醍醐味であることが、映画製作者たちのあいだで知られはじめ、80年代後半以降にさまざまな興味深い作品が現れます。
なかでも特に注目すべきアクション映画が、今回取り上げる『トータル・リコール』(1990)です。
原作はフィリップ・K・ディックのSF短編小説であり、その主人公は未来社会の平凡なサラリーマンです。火星旅行を夢見ながらも叶えられずにいる彼が、秘密捜査官として火星で活躍するという記憶を植え付けてもらえるサービスを利用するところから物語が展開します。
映画版の主人公ダグラス・クエイドを演じるのはもちろんシュワルツェネッガーです。クエイドは建設作業員ですが、圧倒的筋肉でドリルを操作する姿はどう見ても平凡ではありません。
クエイドへの記憶注入がなぜか失敗したあと、友人や妻が謎の組織の一員であることが判明し、クエイドは敵組織の攻撃をかいくぐりながら火星へ渡ります。火星の宇宙港のシーンは有名です。
敵組織のメンバーが何人もいるなか、ひとりの大柄な女性が職員にパスポートを見せます。女性の受け答えはだんだん変になり、顔を歪ませるなどの奇妙な行動が始まったかと思いきや、手が右耳を回転させ、女性の顔(実は変装用の機械式仮面)が中央から左右に割れ、中からクエイドが現れます。そして敵組織との戦闘が始まります。
本作に満載されているアクションは強烈です。暴力的すぎるという批判も寄せられましたが、見ごたえの点では同時代のアクション映画のなかで頭ひとつ抜けています。
監督のポール・バーホーベンは、原作に含まれる“平凡なサラリーマンが実は秘密捜査官”という意外性ははなから追求せず、シュワルツェネッガーのインパクトを有効活用してワンダフルな映像を作ることにとことんこだわっています。
火星の宇宙港のシーンは、圧倒的筋肉に覆われたシュワルツェネッガーの巨体が、なんとさらに大きな女性のカラダのなかに隠されていたという非常識的展開によって観客を驚嘆させます。
宇宙港で変装がばれたあとの戦闘では、クエイドは女性の服を着たままです。常識がすでに揺さぶられているので、このシーンのシュワルツェネッガーの女性装に観客は違和感なんていちいち覚えず、むしろその姿がしっくり来るように感じるでしょう。
圧倒的筋肉という起爆剤は、本作では男女の境界さえ攪乱しています。
『 トータル・リコール』(1990年)
2084年を舞台に、何者かに自分以外の記憶を植え付けられたと知った建設労働者ダグが、真の自分を探すべく火星に旅立つ姿を描くSF超大作。原作は、フィリップ・K・ディックが1966年に発表した小説『追憶売ります』。同作は2012年に再映画化された。


