怪しい食事法の先に待ち受ける悲劇。
裕福な家庭の子供たちが通う私立学校に、謎めいた女性教師ノヴァクが赴任してくる。栄養学を専門とする彼女が授業で教えるのは、ひと口ごとに深呼吸し、よく嚙むことで摂取量を減らす「意識的な食事」。
それは体脂肪を減らして健康になること、地球規模の環境破壊を食い止めること、行き過ぎた消費社会から脱却し持続可能な社会を築くこと、そして何より長生きすることを可能にする、魔法のような食事法らしい。その意義を心の底から信じてやまないノヴァクに、生徒たちが魅了されていくのに時間はかからない。『クラブゼロ』が描くのは、彼女の授業を巡って巻き起こる悲劇だ。
その後、授業は過激化の一途を辿り、「意識的な食事」から、一度に1種類(野菜が好ましい)しか食べない「モノ・ダイエット」を経て、ついには絶食(これがタイトルにある「ゼロ」の由来)を推奨するに至る。
人間にとって食べること自体が害悪でしかなく、大人たちは古い信念に囚われているから理解できないが、実は人間は食べなくても生きていける、むしろ食べないほうが長生きできるから……という理屈らしい。親たちが異変に気付いたときには既に遅く、子供たちはノヴァクのとりこになっている。
近年、健康カテゴリーに限らず、SNSなどで聞きかじったエビデンス不在の情報に踊らされ、冷静に考えれば信じられるはずのないことを信じてしまうケースが問題視されている。厄介なのは、ほとんどの場合、その行いが「善いこと」だと思い込んでいることだろう。だからこそ、間違いだと気付かせることは不可能に近い。じゃあ、どうすればいいのか。映画がその答えを教えてくれることはない。できることがあるとすれば、誰か一人の言葉を盲目的に信じず、自分の頭で考えることをやめないことだろう。
『クラブゼロ』
ノヴァクを演じたのは、『アリス・イン・ワンダーランド』などで知られるミア・ワシコウスカ。急速に痩せていく生徒たちは、実際に痩せるのではなくメイクや徐々に服のサイズを大きくすることで表現している。公開中。
©COOP99, CLUB ZERO LTD., ESSENTIAL FILMS, PARISIENNE DE PRODUCTION, PALOMA PRODUCTIONS, BRITISH BROADCASTING CORPORATION, ARTE FRANCE CINÉMA 2023