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“スリップインするだけ™”じゃない!《スケッチャーズ スリップ・インズ》快適学。
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優勝後の大胆発言で周囲を驚かせた20歳の青年は、弱き心を内に秘めつつ、それに対峙することで強くなってきたのだ。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.832〈2022年4月21日発売号〉より全文掲載)
「水谷選手がいなくなってしまって、1つ枠が空いたと僕はプラスに捉えています。パリ(オリンピック)は自分が引っ張りたいって、日本を背負う覚悟を持っています」
2022年1月に行われた卓球の全日本選手権で優勝を果たしたのが20歳の戸上隼輔である。そして、優勝直後のインタビューで語ったのが先の言葉だ。
会場はこの大胆な発言に一瞬どよめいた。日本の絶対的エースだった水谷隼の穴を、自分が埋めると宣言したのだ。ただ、この試合を見た水谷さんも戸上の実力を買っている一人。「張本(智和)より強くなる可能性」を示唆している。
「いやぁ、張本くんには技術では迫っていけていますが、戦術という部分ではまだまだ追いつけていません。自分は戦術の幅が狭い。彼は、本当に1ゲームで弱いポイントを探して攻めたり、途中で戦術をガラリと転換させることができる。
でも、僕はけっこうズルズルと逆転負けしてしまったりとか、相手に流れが行ってしまうとそのままになってしまったりする。だから、その辺りをこれからの目標にしたいと思っています」
優しい笑顔で、穏やかにそう答える彼。大胆な言動は鳴りを潜め、弱気とも言えそうな意見が、口からするすると出てくる。実は、このギャップこそが、戸上隼輔なのである。
戸上家は父がインターハイ男子ダブルスで優勝したなど卓球一家。そんななか、3歳の頃から卓球を始める。兄が2人、長男が12歳上で次男が9歳上。この2人とやっていたから「得るものは大きかった」と、戸上自身も振り返る。
もちろん、コテンパンにやられてばかりだったのだが。そしてもう一人、強力なサポーターが元選手である母親だった。
「すごく熱心に教えてくれるのですが、本当に怖かったですね(笑)。毎日、怒鳴られるんですが、そのなかにも優しさが感じられるときがある。そのバランスが絶妙で、卓球を嫌いになったことはなかったです」
母親の愛情に育まれ、小学校では全国大会で準優勝するなど、トップレベルの選手の一人となった。地元の三重県津市立橋南中学校へ進学。早くも1年生のときに全国中学校卓球大会に出場することになる。だが、ここで大きなショックを受ける。
「今、明治大学(戸上は3年生)の1つ上、川村大貴さんに全中の2回戦で負けてしまったんです。それで、もっと強くなりたいと野田学園(中学校)に転校することにした。いろんな中学から誘いがあったのですが、何より野田学園のプレイスタイルが恰好よかった。ここだ!ってピピッと来て、自分で決めたんです」
野田学園の卓球は超攻撃型。中高一貫校だから、高校生と練習をともにする。当然、勝てない。「ふてくされるような日々を送っていた」と言う。それでも練習の質は高く、少しずつ強くなっていった。ただ一つ、大きな弱点があった。試合のときに緊張して、硬くなってしまうのだ。
「初戦が一番緊張するんです。それで格下を相手に負けた経験もある。今でも緊張はしますが、どういう気持ちで臨めば力が発揮できるかがわかっているから大丈夫なのですが、中学生のときは緊張して、ヤバイヤバイって自分を追い詰めて、力を発揮できないことが多かったです」
全中ではベスト8止まり。このとき負けた相手が張本。しかも、マッチポイント、あと1点取れば勝つという場面から逆転されてしまった。
気負いもあり緊張もした。メンタル面の弱さが露呈してしまったのだ。しかし、この弱さも高校1年生のインターハイで準優勝したことで、少しずつではあるが払拭されていく。
「あのときは、試合をするたびに楽しいと感じることができました。中学生のときは楽しむどころじゃなくて、負けたらどうしようって、ずっとネガティブな心境だった。
高校1年生だったのがよかった。インターハイに出場する選手は格上ばかり。負けて当然だから、勝ったら面白いとポジティブになれた。それからですね。メンタル面で変わっていけたのは。まだまだですけど(笑)」
高校ではインターハイ・シングルス2連覇、全日本ジュニアでも優勝を果たす。そして、戸上の人生を変える出来事が起きる。戸上は高校2年からTリーグにも所属したのだが、そこで水谷さんと初めて対戦することになった。しかも勝利したのだ。
「そのとき、僕が全日本ジュニアで優勝していて、水谷さんが全日本選手権で10連覇していたんです。水谷さんと試合ができることが、とにかくうれしかったし、勝ちたいというよりは、精一杯やってどれくらい通用するだろうという気持ちでした。
試合では途中、負けると思ったときが何度もあったんですが、チャンスだと思える場面もあった。そのときに確実にポイントを取れたし、粘り抜いて勝利することができた。ここが、自分にとって分岐点だったと思う。
それ以来、国際大会に出場しても、格上の選手たちにたくさん勝てるようになっていった。だって、どの選手を見ても“水谷さんなら勝てる相手”、なら自分も勝てるって考えられるようになったんですから」
もう一つ彼を精神的な高みへと導いてくれたモノがある。それが、意外なことにプロレスだ。レスラーたちの試合後の自由奔放なコメントに心打たれ、強気な発言で自分を追い込むことの重要性を学んだ。そして、戸上の大胆な物言いは、自分を鼓舞する道具となっていった。
ちなみに、“100年に一人の逸材”こと新日本プロレス・棚橋弘至を真似し、戸上は自身を“卓球界の100年に一人の逸材”と言ったこともある。自分の弱さをはっきり自覚し、それに正面から対峙することで、戸上はここまで強くなってきたのだ。
現在、戸上は明治大学の3年生。毎日の練習は、午前、午後2時間ずつといったところ(下の練習メニューを参照)。それにプラスして週2~3回ウェイトトレーニングを行う。
午前中にまず2時間行い、3時間ほどの休憩を挟んで午後も2時間。ストレッチから入り、フットワークの練習を1時間。その後、サーブから、片側がオフェンシブな動き、もう一方がディフェンシブな動きで打ち合う。そして最後に実戦的なゲーム練習となる。このゲーム練習では、実際にポイントを数えて、勝敗もきっちりと決める。だから真剣であるし、失敗をすれば悔しさを隠さない。本番と変わらぬ意識で取り組むことで強くなるのだ。
「スクワット系を2種目、ベンチプレス、懸垂、ときどき肩や腕のメニューも加えます。高校でもやっていたのですが、継続して週に2回行うようになったのは、大学に入ってから。
カラダのコンディションが非常によくなって、ケガをすることも減った。そして、何よりパフォーマンスが上がったのが大きい。筋力が上がったことによって、今まで打てなかった体勢でも打てるようになったし、バランスを崩したときも、すぐに立て直せる力がついた。
だから、メンタル面であれ、フィジカル面であれ、まだまだ伸ばせる部分は多いと思っているんです」
目指す目標は彼が冒頭でも語ったパリ・オリンピック。ただ簡単なことではない。水谷さんが抜けたとはいえ、日本代表候補には張本、丹羽孝希の東京オリンピック組、宇田幸矢、木造勇人などなど、実力が伯仲した選手がひしめき合っているのだ。
「今年、選考会を兼ねた大会が3つありますが、全部優勝したい。そして来年には代表を決めたいです。苦しい戦いになると思います。
男子卓球はエース水谷隼が抜けて、世界と戦える次世代のエースが必要になっている。こういう存在がいることが、ただ試合に勝つのではなく、選手の意気を高める。今の自分の狙いはまさにそこです! これって、プロレス的発言ですかねぇ(笑)」
取材・文/鈴木一朗 撮影/中西祐介
初出『Tarzan』No.832・2022年4月21日発売