なぜヒトには性欲があるのか。脳で起きている「欲望と理性」のカラクリ

本能では片付けられない。性欲と括っても、ヒトと動物、大きく異なる。それらすべて、脳の働き。“脳とセックス”、そこにあるシナジーを8つのトピックから考える。

取材・文/石飛カノ 取材協力/米山公啓(米山医院院長)

初出『Tarzan』No.816・2021年8月5日発売

ベッド

テストステロンが“性欲の源”に作用する

明白ながら、我々の性欲をコントロールするのは、他でもなく脳だ。性欲のムラムラが生まれる背景には、男性ホルモンが関与している。男性ならその95%が精巣から分泌されるテストステロンだというのはこちらの記事(性欲も愛情も、浮気癖も。SEXと関わる4大ホルモン・全解説)で述べた通りだが、これについてはヒトも動物も回路は同じ。

「分泌が多ければ性欲は高まり、少なければ低下します。多様性のある子孫を残すための基本的な脳の欲望に、テストステロンが直接的に影響しているということでしょう」

と言うのは、神経内科が専門の医師、米山公啓さん。

「脳には脳内伝達物質(ドーパミン)が働く神経系統がありますが、これぞまさに脳の性欲の源。テストステロンにはその活動をグッと促す作用があると考えられます」(米山公啓さん)

脳の報酬系が「気持ちイイ」をつくる

次にテストステロンが後押しするドーパミンの働きを見てみよう。ドーパミンは脳幹という生命維持機能を司る、いわゆる“古い脳”で産生分泌される化学伝達物質のこと。もう少し詳しく言うと、“A10細胞集団”から分泌され、脳幹から視床下部、果ては脳の前頭葉に至る広い範囲にわたり情報を伝えている。

ドーパミンの分泌

ドーパミンは腹側被蓋野と黒質と呼ばれる神経細胞から分泌されるが、このうち報酬系は前者から分泌されるドーパミンの神経系統。

ではドーパミンは一体何の情報を伝えているのか? これが衝動や欲望、やる気や意欲、達成感や幸福感など非常に幅広い。

「脳内の作用する部位によって作用機序が違います。セックスの欲望のモチベーションは脳幹で作られ、前頭葉に作用すると快楽に結びつくと考えられます」(米山公啓さん)

セックスというご褒美目指して猛然と頑張り、オーガズムという絶頂を迎えて気持ちイイと感じる。そのどちらにも報酬系の神経系統が作用している。ただし、ドーパミンの過剰分泌が依存症にも繫がるリスクもある。

セックス中の自律神経は非日常?

続いてはセックスという行為中の自律神経の働きについて。

男性が勃起するときは副交感神経が優位になる。血管が拡張することで海綿体に大量の血液が流れ込み、勃起が起こるという仕組み。セックスの大詰めで交感神経にシフトすることで射精が完了すると考えられている。

「ただ、私は以前、セックス中の男女の自律神経機能を計測したことがあります。そのとき、非常に奇妙なデータが取れたことがありました。セックスのピーク(オーガズム)で、交感神経と副交感神経の両方が優位になっていたのです。これはアクセルとブレーキを同時に踏んでいるような状態。日常ではあり得ません」(米山公啓さん)

交感神経と副交感神経は本来シーソーの関係。意味するところは不明だがセックス中は暴走するのか? ゆえに歯止めが利かなくなる…のかもしれない。

性欲の中枢はどこにあるのか

性欲の中枢の在り処は自律神経を司る脳の視床下部という説がある。

視床下部は神経の塊が密接している部位だが、このうち性欲を駆り立てるのが内側視索前野、抑制するのが外側視索前野。性欲のゴーサインを出すのか、ストップをかけるのかは、これらの神経核が決定しているかもしれないという説だ。

視床下部

視床下部には神経核がひしめき合っている。このうち性的二型核と呼ばれる内側視索前野と外側視索前野が性欲の中枢という説もあるが…。

とはいえ、これはまだ仮説の段階。

「現在では脳の限られた部位が中枢であるという考え方より、脳は全体のネットワークで動いているという考え方が主流です。もしかすると視床下部よりさらに上位中枢があるという可能性もあります」(米山公啓さん)

未だスパッと割り切れないゆえに、性欲の制御は難しい。

大脳皮質が性欲をコントロールする

テストステロンがドーパミン系を作動させ、“ムラムラ”と“気持ちイイ”が連動して満たされる。前述の通りこれはサルもヒトも同じメカニズム。ボタンを押すとバナナがもらえることに気づいたサルが、狂喜してボタンを押し続ける理由がこれ。

とはいえ、ヒトが動物のように欲望のまま突っ走ったら社会的にまずい。そこで待ったをかけるのが発達した大脳皮質という“新しい脳”。

「大脳皮質の上位中枢と原始的な性欲は常に綱引きをするようにせめぎ合っています。大脳皮質が抑制をかけることで性欲がコントロールされているのです。その一方、視覚や聴覚、触覚などを介した外部刺激が前頭連合野に集約され、逆に興奮を促すという側面もあります」(米山公啓さん)

大脳皮質

大脳皮質には機能が局在している。後頭葉にある視覚野はエロな相手の姿、側頭葉にある聴覚野はエロな言葉に反応し、それらの情報が前頭連合野に集約される。

外部刺激によるムラムラや快感はヒトならでは。もっと言えば学歴や制服にぐっとくるなんていうのも大脳皮質が学習して作り出した性欲だ。

おじいちゃんでもセックスができるわけ

原始的な性欲の源流がテストステロンに由来していることは理解した。ただそうなると、おじいちゃんはセックスとは無縁の存在になってしまう。テストステロンの分泌は20歳代をピークに右肩下がりになる一方で、40代以降は、ガケから落ちるように激減してしまうからだ。

でも心配ご無用、ヒトのおじいちゃんは大丈夫。なにせ発達した大脳皮質が備わっているのだから。

「過去のセックスでドーパミンが大量に出た快感の記憶は大脳皮質にファイルされています。その記憶が次の欲望に繫がっていくのです」(米山公啓さん)

短期の記憶は脳の海馬という部分で整理され、その後タグ付けされて大脳皮質にファイリングされる。活発な性活動をしていた人ほどその記憶によって性欲は担保される。すべて記憶のなせる業。

ストレスは性欲を萎えさせる

仕事に打ち込みつつ性欲バリバリという人は極めて稀。脳からの指令で副腎からコルチゾールが分泌され、血糖値を上げて仕事というストレスと闘う準備をする。なにかとストレスの多い現代人のエロモードは影を潜めがちである。

「さらにコルチゾールが過剰に分泌されると、副腎からのホルモン分泌レベルが全体的に低下します。副腎からは男性ホルモンも分泌されているので、ストレスによって性欲の減退が見られることも。実際、極限のストレス下ではコルチゾールをどんどん分泌してその場で生き残ることが優先されます」(米山公啓さん)

心配性な人ほど脳が過剰反応し、副腎は疲弊する。ご用心。

男女の性欲が逆転している?

セックスに関心がない若い男性が増えているという話。実は脳の使い方に原因がある可能性が。

「SNSの発達で今はエロティックな画像に簡単にアクセスできます。写真や動画でドーパミン系が反応して完結し、満足を得る。するとリアルな体験に対する渇望が失われてしまう可能性が考えられます」(米山公啓さん)

エロ画像を見る→報酬系が活性化する→達成感を得る。それで何か問題が? 問題はない。せっかくの脳の潜在能力の持ち腐れってだけだ。

「苦労して女性を口説いてセックスまでもっていく。そうした快感を得る経験を積んでいくとドーパミン受容体が大きくなります。これが学習の仕組み。学習するほど、より大きな快感が得られるのです」(米山公啓さん)

一方、その昔は子育てに最大の幸福感を得ていた女性は社会進出で経験値を上げ、豊かなセックスを求める傾向があると考えられる。