チームは1位でも、満足できなかった昨シーズン。ソフトボール選手・後藤希友
中学校から本格的に始めた競技だが、14歳には注目される選手となった。今、トヨタ自動車で日本リーグを戦う彼女は次代のエースとして期待されているのだ。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.811〈2021年5月27日発売号〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/中西祐介
初出『Tarzan』No.811・2021年5月27日発売
レッドテリアーズの2人の左投手。
ブルペンのホームベース近くで、軽いキャッチボールが始まる。後藤はボールを投げながら、後ろ向きでピッチャープレートの方向へと歩き、キャッチャーとの距離を開いていく。本格的な投げ込みに入る前の肩慣らし、実用を兼ねた儀式のような作業である。そして、プレートに到達すると、本格的な投げ込みを始める。
ブルペンのケージの外、バッターボックスの位置に立ってみる。打てるかな? と、思ったのだ。ところが、後藤が投げたと思った瞬間、キャッチャーミットが発するズバンという音が響く。
大げさではなく、本当に一瞬の出来事。打てるどころでなく、目で追うことだけで精一杯である。直球はマックスで時速110km以上。テレビ番組でプロ野球選手が三振に打ち取られたのも頷ける速さだ。
そして、後藤の横では世界ナンバーワン投手という呼び声も高い、モニカ・アボットが投げ込みを続けている。最高時速は116km。日本の次代のエースと、アメリカのエースの競演は、とにかく迫力に満ち溢れていた。
ピッチング練習の前は、談笑しながらストレッチをしていた2人だったが、ブルペンに入ると真剣そのもの。トヨタ自動車レッドテリアーズは、この2人の左投手を擁し、日本リーグを戦っているのだ。まずは、チームについて後藤に聞いた。
「個人のレベルがすごく高いと思います。みんなが大事な場面で力を発揮することができるから勝てるということを、試合を重ねるごとに実感しています。団結力もありますし。ソフトボールはスピード感が大事なので、チームの機動力が高いということも重要なことだと思います」
昨シーズンは新型コロナの影響のため、試合数が減った日本リーグだったが、トヨタ自動車は10勝1敗で1位。そして、半分の5勝を挙げたのが後藤で、新人賞にも輝いている。しかし、彼女にとっては、満足できる一年ではなかったようなのだ。
「昨シーズンはコロナでモニカが来日できなかったので、チームの主軸として投げさせてもらっていましたし、自分自身がしっかりゲームを作っていかなくてはいけないと思っていました。しかし、実際はどちらかというと、チームのみんなに助けてもらって勝てた試合が多かった。
相手のチームに先制点を取られてしまったり、試合の状況が悪いときにみんながそれを変えてくれたりという場面もありました。傍から見ると、好ゲームに見えたかもしれませんが、私のピッチングがチームに負担をかけてしまったのは事実です。
ただ、それだけに課題が多く見つかったのはよかった。今シーズンはこれをクリアすることができるようにしたい。ここまでは、少しはよくなったと思っています」
日本代表の選手はすべてのレベルが違った。
小学校4年生のときにソフトボールを始めた。といっても、学校のクラブだったので、上のレベルを目指すような本格的な活動ではなかったし、春夏はソフトボール、秋冬はバスケットボールという感じでスポーツを楽しんでいた。それが、ガラリと変わったのが、地元・名古屋の日比野中学校に入ったときだった。
「中学ではソフトをやるつもりはなかったんです。ただ、日比野中学のソフトボール部とは接点があった。この中学校で行われていたバッテリー講習会というのに、小学校4年から6年まで参加していたんです。そのときから、顧問の先生が見てくれていたんだと思います。
“オマエ、入れよ”と誘ってもらいました。というより強引に引っ張られたという感じ(笑)。練習は厳しかったですよ。ただただ、しんどかった。でも、試合で結果が残せるようになると、向上心も高まっていったんですね」
ソフトボール部は全国大会の一歩手前というレベルだった。ただ、厳しい練習で後藤の実力はメキメキと上がっていった。
そして、都道府県対抗全日本中学生女子大会では愛知県代表として戦い優勝投手になり、“今後重点的に強化を行っていくべき選手たち”で編成されていた女子TAP―A/Bの代表選手に史上最年少の14歳で唯一選ばれたのだ。
高校はソフトボールの強豪・東海学園高校。ただ、インターハイで頂点とはいかなかった。3年生のときの準優勝が最高。しかし、高校2年生のときに、早くも日本代表入りを果たす。日本のトップ中のトップと練習や試合を行ったのだ。
「フィジカル、そしてポテンシャルとすべてにおいてレベルの違いを感じました。当時の私は細かったし、パワーもそれほどなかった。ただ、トップ選手と一緒にプレーできたことは大きかったです。高校を卒業して実業団に入ったときに相手のすごさがわかっているから、思い切ってやろうと思うことができたんです」
それが2019年のことだった。がむしゃらに向かっていくだけ。それがすべてだった。ただ、このときにはアボットがいた。後藤の背中にかかる重量は少なかった。ところが、昨シーズンはその重量がぐっと増したのだ。
苦しんで耐えたシーズンだったはずだ。しかし、その経験が今年へと繫がっていくのであろう。
すごい緊張感の中で、実力を発揮するのが重要。
ところで、後藤は現在、ストレートとチェンジアップの2種類の球種で勝負している。この2種類で緩急はつけられるわけだが、ぜひ覚えたいもうひとつの球種がある。それがライズボールと呼ばれるソフトボール独特の球で、ホームに向かい浮き上がるような軌道を描く。
小柄な日本人選手だけでなく、大きな外国人選手にも有効な球種なのである。
「今、練習中です。日本代表の合宿などのとき、上野(由岐子)さんに教えてもらったりしています。上野さんにはいろいろ教えてもらうことが多い。チームに戻ると教えてもらったことを自分で練習しています」
日本の大エースである上野は、後藤のココロの支えにもなっているのであろう。そして、もう一人彼女を導いてくれる人がいる。アボットだ。
「モニカには気持ちの部分で教えてもらうことが多いですね。私は気持ちを引きずってしまうことがあるんです。ホームランを打たれたときとか、落ち込んでしまったりして。そんなときモニカは、切り替えることの大事さをいつも話してくれる。そのおかげで1年目よりも2年目、2年目よりは3年目と強くなっていく自分を感じることができるんです」
間もなく行われる東京オリンピックではソフトボールが追加種目となった。08年北京オリンピックで日本が優勝して以来、13年ぶりに選手たちは夢の舞台に立てるわけだ。後藤はすでに代表の15人に選ばれている。
ただ、彼女の場合はまだ20歳である。トヨタ自動車のエースとして、日本代表のエースとして戦っていくことになるはずだ。自分の未来をどのように考えているのであろうか。
「まず、チームでの目標は全日本総合と日本リーグの優勝です。昨シーズンはリーグ戦では1位だったのですが、決勝トーナメントでは3位、全日本は中止だったので、今年こそは両方の優勝を達成したいです。
そして、オリンピックは日本リーグを中断して行われるのですが、経験したことのない舞台なので、今後ソフトボールを続けていくなかでの素晴らしい経験になると思っています。すごい緊張感に襲われるのはわかっていますが、その中で自分が今持っている実力をいかに発揮できるかが重要になってきます。
そのためには、まずはチームでも日本代表でも、当たり前ですけど自分に与えられた仕事をきっちりとこなさなくてはいけない。今は本当にソフトボールだけの毎日という感じです。練習を終わって帰ってきたら、いつの間にか意識が飛んで寝てしまうこともあるし、週1回の休日もほとんどどこにも行かないですしね。
ただ、充実感のある時間を過ごせているので、本当に楽しいんです」