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快楽は人を自由にする。高橋源一郎×紗倉まな|夏の快読シリーズ

承認欲求とギャンブル。

紗倉まな 女性にとっての快楽って、承認欲求と結びついている気がするんです。『ヘルタースケルター』を読んだとき、それを強く感じました。主人公のりりこは、自分の中に空いた穴を埋めるために、そして自分が商品として価値あることを確認するために、セックスに溺れる。そういう快楽って、女性なら誰でも共感できるんじゃないかと思うんですよ。

高橋源一郎 おっしゃるように、しがみついてないとどうしようもないものっていうのは、快楽の本質だという気がします。ところで、この作品のラストはハッピーエンドだっていう説があるんですよ。

紗倉 ラストは、片目を失ったりりこが、海外の見世物小屋に出演しているシーンですよね?

高橋 そう。あのとき、身体に障害を負った彼女は、もはや商品ですらなく、見世物に徹しているわけですよね。だけど、すごく生き生きしているでしょ? それは商品の先に本当の快楽の場所を見つけたことなのかもしれない。そう考えるとポジティブなラストに見えてくるんですよ。

紗倉 そうですね。承認欲求のため、性的な快楽に依存するりりこに共感する女性は多いと思いますが、男性にはあまりいない気がします。

高橋 男性が依存するのは、もうちょっと抽象的なものなんですよ。例えばギャンブル。森巣博さんの『越境者たち』は、ギャンブルに依存することの快楽がとてもよく描かれています。僕自身、若い頃は競馬に依存していたのでわかります(笑)。

高橋源一郎が選んだ3冊
高橋源一郎が選んだ3冊/(左から)『越境者たち』(森巣博著、集英社、上巻611円、下巻602円)。日本を捨てたギャンブラーをはじめ、3人の越境者たちがオーストラリアのカジノで死闘を繰り広げる。ギャンブル文学の金字塔。/『凹凸』(紗倉まな著、KADOKAWA、1,200円)。紗倉の初の長編小説。自身の体験に基づいて綴った、母子2代にわたる愛と性の物語。/『人造乙女美術館 Jewel』(筑摩書房、1,900円)。オリエント工業監修のラブドールの写真集。

紗倉 そうなんですか!? それは依存だとわかって、自分でもハマっていくのですか?

高橋 わかっている。わかっているから余計に楽しいんです。『越境者たち』にも、そこは書かれています。負けるのは死ぬほど苦しい。いや、ほとんど死んでいるんだけど(笑)。だって、1000万円しか持ってない人が、1億円賭けちゃうんだから。負けたままなら本当に死んじゃう。

紗倉 なるほど、何事も続けることが大事なんですね。

高橋 そう。続けるうちに、あるとき急に勝てる。そうやって蘇ったとき、生きる喜びが感じられるんです。ギャンブルの一番の快楽ってそこにあると思います。

紗倉 苦しみが大きいからこそ、快楽も大きくなるんですね。

AV女優にして小説家の顔も持つ紗倉まなさんと、小説家にしてAV出演経験もあるという高橋源一郎さん。
AV女優にして小説家の顔も持つ紗倉まなさんと、小説家にしてAV出演経験もあるという高橋源一郎さん。

パチンコ、ショッピングモール、セックス。

高橋 ところで、紗倉さんは他にはどんな本を?

紗倉 桜木紫乃さんの『ホテルローヤル』です。北国のラブホテルの一室で肌を重ね合う男女の物語なんですが、私は地方の閉鎖的な空間で起こる性愛にものすごく惹かれます。私の地元も千葉の片田舎で、パチンコに行くか、イオンモールに行くか、セックスするか、それくらいしかすることがなくて(笑)。

高橋 究極の3択だ。今だったら、そこにラップも入りそう(笑)。

紗倉 でも、だからこそセックスの密度が高いと思うんです。そして、私はそういう「することがないからセックスに勤しむ」みたいな快楽のあり方が好きです。上京すると、することがたくさんあるからなのか、みんなそこまで肌を重ね合うことに執着がない気がして。だから、そういう快楽を本の中で体験しているんだと思います。

森絵都さんの短編集『漁師の愛人』の表題作も、同じようなテーマで好きです。こちらは東京から不倫相手と漁村にやってきた女性が主人公なんですね。女性はなかなか村に溶け込めないんだけど、男性は漁師になって村に溶け込んじゃって、なんだったら東京にいたときより生き生きしているんですよ。

高橋 嫌な奴だな(笑)。

紗倉まなが選んだ3冊
紗倉まなが選んだ3冊/(左から)『漁師の愛人 』 森 絵都/少年たちの怒りを活写した「少年三部作」、日本海の漁村にやってきた男とその愛人の生活を描いた表題作などを収めた短編集。文藝春秋、580円。『ホテルローヤル』 桜木紫乃/北国のラブホテルを舞台に、それぞれに問題を抱える客、経営者の家族、従業員たちの切ない物語が展開する。集英社、500円。『ヘルタースケルター』 岡崎京子/全身整形したモデル、りりこの壮絶な人生を描く。祥伝社、1,200円。

紗倉 そうなんです。だけど、男性は東京にいたときより、女性の体を情熱的に求めてくるから、女性もそこにすがりついてしまう。

高橋 痛い話ですね。

紗倉 私はそういう物語に憧れを抱いてしまう傾向にあるようです。高橋さんは他にどんな本をお持ちくださったんですか?

高橋 悩んだんですが、『人造乙女美術館』は、ぜひ紹介したい。これはラブドール写真集なんです。

快楽は人を自由にする。

高橋 僕、実はラブドールメーカーとして有名なオリエント工業に何度か行ったことがあるんですよ。取材で。

紗倉 お、オリエント工業さん!

高橋 でね、1体60万円以上したりするんだけど、見ていると欲しくなるんです(笑)。何でかと言うと、ずっと顔を見ていられるからだと思うんですよ。生身の女性の顔なんてそんなにずっと見ていられませんよね。だけど、人形だから見ていられるし、職人さんがまた上手くて、「受け入れますよ」って顔にしているんです。それで見ていると、心の底から生きててよかったと思えるんです(笑)。

紗倉 セックスしたいとは思わないんですか?

高橋 僕は思わないんですよ。性的快楽っていうのは確かにあるんだけど、それでときめくかっていったら微妙。今まで一番気持ちよかったものって、僕の場合は最初のキスなんですよ。初めてエッチしたときよりときめいた。

肉体の快楽には限度があるけど、精神の快楽には限度がない。そういう快楽を刺激してくれるのが、ラブドールであり、この写真集なんですよね。ところで、紗倉さんは小説もお書きになられますが、書くことの快楽って感じます?

紗倉 はい、あります。

高橋 それを一番感じていたのって、2作目の『凹凸』じゃないですか?

紗倉 そうですね。担当編集者さんと何度もやりとりをして、直しの提案がかなり入ったんですけど譲れない箇所が多くて。「私はこれがいいです」って言って。

高橋 だと思いました。読んだらわかります。自由に書いているなって。そういうものっていうのは、読むほうにも快楽があるんですね。人はなぜ書くのか? なぜ読むのか? って、自由になりたいからですよ。結局、快楽っていうのは、人間を自由にするものだと僕は思うんですよね。

PROFILE

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)/小説家。1951年、広島県生まれ。82年、『さよなら、ギャングたち』で小説家デビュー。主な作品に『優雅で感傷的な日本野球』『あ・だ・る・と』『日本文学盛衰史』『性交と恋愛にまつわるいくつかの物語』など。

紗倉まな(さくら・まな)/AV女優。1993年、千葉県生まれ。2012年、高専在学中にAV女優デビュー。15年からは文筆活動もスタート。主な小説作品に『最低』『凹凸』など。コラム集『働くおっぱい』をKADOKAWAより今年上梓した。

取材・文/鍵和田啓介 撮影/鈴木大貴 ヘア&メイク/天野誠吾

(初出『Tarzan』No.770・2019年8月8日発売)

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