• ラグビーW杯日本代表の肉体は、いかにして世界基準になったか
COLUMN
2019.10.21

ラグビーW杯日本代表の肉体は、いかにして世界基準になったか

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2015年大会、世界屈指のパワーを誇る南アフリカと互角以上に渡り合った、エディー・ジャパンのフィジカル強化の道筋を、ストレングス&コンディショニング(S&C)コーチを務めた村上貴弘さんが語る。

ジャパンを変えたトレーニング。

2012年4月に日本代表のヘッドコーチに就任したエディー(・ジョーンズ)さんは、フィジカル強化のロードマップを明確に示しました。

1年ごとにテーマを設定して、15年大会で最高の状態を作り上げる。年間のキャンプ日数はかつての代表の約3倍。選手が“持っているもの”でやりくりするのではなく、根本的に鍛えて強くするために、ストレングス&コンディショニング(以下S&C)を集中して行うことができました。

トップリーグのチームごとにトレーニングの“文化”が違うなか、多少の軋轢が伴いましたが、代表選手の肉体と意識の変化を目の当たりにして、エディー・ジャパンのS&Cトレーニングは多くのチームに浸透しました。

1年目は“フィットネス”を掲げ、筋肉が多少落ちてもカーディオトレーニングに励み、体脂肪を落とす。

2年目は僕も正式に代表のコーチに加わり、とにかく“筋力と筋量”を上げることを目指したんです。結果、チームの平均体重は約6kg増えました。その反面、明らかに動きが重くなった。選手からは「パフォーマンスが落ちた」という不満の声もありましたが、そこは織り込み済み。ワールドカップで対戦するのは“居心地のいいゾーン”に留まっていては勝てる相手ではないから、そこはリスクを取ろうと。

そして、3年目のテーマである“スピード”に取り組むことで、筋肉の増えたカラダを機能的にブラッシュアップしていく。オランダ人のS&Cコーチ、フラン・ボッシュさんが“運動学習”という観点からトレーニング(A。記事下の画像参照、以下同)をしたり、格闘家・高阪剛さんを招いてコンバットトレーニング(B)を行ったり。

4年目は志向するラグビーの“システム”の中でパフォーマンスできるカラダに仕上げる作業ですね。例えば、胸椎のモビリティを高める(C)ことで、ギリギリまで相手に圧力をかけて、コースを読まれずにパスを放ることができる。その集大成が南ア戦の逆転トライを導いたスタンドオフ・小野晃征の斜め走りからの絶妙なパスです。

2019年、短期ではありますが、ジェイミー・ジャパンに参加しました。“ワンモーション”で動きを洗練させるトレーニング(D)を取り入れるなど、日本代表はさらに進化していることは間違いありません。

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ラグビーに特化したスピードトレ
(A)ラグビーに特化したスピードトレ/例えば、正しいフォームで20mダッシュを10本、ではなく、ラグビーで想定される動作を想定して走るトレーニングを行う。プレート状のウェイトを片手に持ち、凸凹した道を木々の間を縫うように走ることで、試合中のプレーに対応するスピードとアジリティをカラダに染み込ませます。
闘争心をプレーにいかに落とし込むか
(B)闘争心をプレーにいかに落とし込むか/高阪剛さんのセッションでは相手の目の前から消えて低く入るタックル、その後いかに素早く立ち上がり臨戦態勢に入るかなどをレクチャーしてもらいました。「よっこらしょ」で起きては相手に隙を与えるだけ。ボール争奪戦は文字通り格闘なので、闘争心の重要性も改めて教わりました。
部位ごとのモビリティを高める
(C)部位ごとのモビリティを高める/理学療法師でS&Cコーチのディーン・ベントさんの指導によるトレーニングのひとつ。腿上げをしながら下半身は進行方向、上半身のみ左右に動かす。“胸椎”の可動域が広がれば、ボールキャリアや受け手が、相手にギリギリまでプレッシャーをかけながら次のプレーへ素早く移行できます。
アニマルムーブで動きを研ぎ澄ます
(D)アニマルムーブで動きを研ぎ澄ます/ジェイミー・ジャパンはまた違ったアプローチでフィジカル強化を図っています。イラストの“モンキースイング”は数段階に分けず、ワンアクションで行う。柔術やレスリングも取り入れ、タックルに入った瞬間に遠心力で敵の背中に回ってボールに絡むなど、日々動きを洗練させています。

エディー・ジャパン、4年間のロードマップ。

2012年:FITNESS〜徹底的にフィットしたカラダを作る“第1段階”。

エディーさんは「日本のラグビー選手はラーメンでできている」と表現するほど、体脂肪が多くて動けない状況を根本から変えるべく、筋肉が落ちてもいいから、とにかく選手たちを走り込ませました。

加えて、自転車のマシンやロウイングマシンなども使ってカーディオトレーニングを集中的に行う。僕はまだ代表に参加する前ですが、以降も体脂肪を増やさないことは、食事とトレーニングの両面から継続されていきました。

2013年:STRENGTH〜丸1年、“筋肉と筋量”をアップさせることに邁進。

「ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカの平均体重との差を5kg以下に」というエディーさんのリクエストに応えるべく、脂肪を増やさずに、日本代表の平均体重を6kgアップさせることに取り組みました。

食事管理は栄養士と組んでしっかりと行う。トレーニングはフリーウェイトを中心に、1日4〜5回に分けてやる。リスクは少なく、でもカラダをしっかりアナボリックになるよう刺激をこまめに入れました。

2014年:SPEED & AGILITY〜ラグビーの“動き”を筋肉に染み込ませる。

除脂肪&筋肉アップした肉体に“スピードとアジリティ”を落とし込む。オランダ人のフラン・ボッシュさんが“運動学習理論”、つまり環境に対する適応力として動作を学ぶという観点から、スピードとアジリティの向上に取り組みました。

スクワットも、バックスは片足立ちでランニングの角度で行ったり、フォワード1列目はスクラム時のように両足で踏ん張ってやったりと、筋トレが“各論”に入ったのも3年目でした。

2015年:SYSTEM〜勝利のための“システム”に肉体をアジャスト。

エディーさんが世界に勝利つために構築したシステムの中で、ひとりひとりが求められた動きを確実に遂行するための集大成。大会本番を睨み、“ラグビー”がメインとなる時期です。

S&Cコーチには各分野のスペシャリストが集まるなか、最終的なコーディネートを行っていたのが、エディーさんの盟友であるオーストラリア人のジョン・プライヤーさん。彼の手腕は本当に素晴らしく、多くのことを学ぶことができました。

PROFILE
村上貴弘さん
村上貴弘さん/1973年生まれ。2015年4月までエディー・ジャパンに携わり、現在HALEO S&Cディレクター。メソッド開発やアスリートのパフォーマンス向上に注力。

取材・文/山口淳 イラストレーション/越井隆

(初出『Tarzan』No.771・2019年8月29日発売)

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