“死んだ歯”に起こりやすい歯根破折
嚙みにくい食材を強く嚙んだ瞬間、嫌な音がして歯に痛みが。あるいは就寝中に嚙み締めをした翌日、食事どきに歯が壊れていることに気づく、などという恐ろしい体験をする中高年は少なくない。
抜歯の主原因別に見た抜歯数(年齢階級別、実数)
このように歯が壊れる現象が破折(はせつ)。歯茎から上の部分に起これば歯冠破折、下なら歯根破折となる。歯冠には詰め物や金属を被せるなど保険適用の医療で治せるが、問題は歯茎内での歯根破折だ。
歯根破折は圧倒的に失活歯に起こるという。失活歯とはむし歯治療などで歯髄を抜去し(抜髄という)、菌に感染した歯根内部を削った、いわば死んだ歯。実はこの治療で微細な疵やひびが根管の内側に生じることがある。
食事などで力を受けるたびにこの疵、ひびは根管内から歯根表面へ少しずつ成長し、ある日遂に歯の表面に達する。かくして歯の表面に破折線が現れる。
破折のメカニズム
差し歯が原因にもなり得る
疵、ひびとは無縁の根管治療を受けても、空洞になった歯根管内に金属の支柱を立て、その上に人工の歯冠を乗せてもらっている人は多いだろう。いわゆる差し歯だ。実はこの治療もリスクなのだ。
歯には金属と異なり、しなやかさがある。歯応えのある食材を嚙めば、たわむことで力を受け流す。そもそも歯は歯槽骨に直接固定されているのではなく、歯根膜という靱帯にぶら下がる要領で歯槽骨につながっているから、押されればかすかに凹み、これによっても過剰な力を解放できる。
だが、金属の支柱を通すと、その部分だけはしなわない。結果的に支柱の上下の端に接する部分に力が集中し、そこに破折線を生じやすい。
破折のメカニズム
破折線ができると、そこから唾液と口腔内細菌が毛細管現象で流れ込み、歯根周囲に侵入して感染、炎症を生じ、患部は腫れ上がる。
あわてて歯科に駆け込むと、歯根破折と診断され、多くの場合抜歯を提案されることになる。もしもここで抜歯に同意すると、ブリッジやインプラントなどで失った歯を補うしかなくなるが、実はこれは考えどころだ。
歯根破折の抜歯以外の選択肢
先に歯根膜に触れたが、この靱帯はセンサーとしても機能している。たとえば硬いものを嚙めば即座に察知し、歯が壊れるのを防ぐため、瞬時に顎の動きを止める信号を発したりするのだ。
この鋭敏なセンサーは食事による鮮烈な食感を伝える経路でもあるが、抜歯すれば歯根膜は一緒になくなってしまう。そこに人工の歯がやってくる。歯根膜を失い、食感の鈍くなった口での食事は少々味気なくなる。できれば自分の生きた歯を取り戻したいだろう。
そこで、それをやろうとしている歯科医、医療機関が増え始めている。軽度の疵、ひびならば抜歯せず、そのまま修復する治療法があるのだ。
それが接着材を用いた保存延命療法だ。これは日本人歯科医師が始めた術式で、海外にはない。軽度でなく、完全に割れてしまった場合は、いったん抜歯し、口の外で接着した後に再植する。
破折が起きたら速やかに専門医へ
もちろん、修復できても無傷の歯に比べ強度は低下するし、割れ方がひどく、破片を失ったり、発生から時間がたった歯には難しい。軽度の疵、ひびでも歯根表面に細菌の侵入が始まれば、2週間ほどで歯根膜は死ぬ。
破折が起こったら時間との勝負だ。これはあくまでも保険適用外の歯の延命療法だ。そして、完治ではなく寛解状態を少しでも長く保ち、食感豊かな食事を一日でも長く続けることが目標だ。
接着した歯がどれほど長持ちするかは個人差が大きい。歯の質、食事など多くの因子が影響する。大学病院などの追跡調査からはさまざまな数値が報告されている。早々と再破折に見舞われる人もいれば、20年もったという人もいるという。中高年になってからの破折後、20年間もったらまずまずではないだろうか?
口腔外での接着再建・再植法の臨床成績
歯数が減ると認知症の一因にも
一方で、何らかの原因で歯を1~2本失った人の中には、そのまま放置する人も見かけるが、これは非常によくない。歯列の中に空間ができると、左右の歯が倒れ込んでくるなどして歯並びは乱れ始め、咀嚼機能は低下していく。
咀嚼が脳に伝える刺激は強く、歯数が減ると認知症の一因にもなる。
歯のトラブルから認知症発症への予想経路
歯数・義歯使用と認知症発症との関係
歯を取り戻す努力は、試す価値がある。また、歯や歯根膜を失っても、義歯などの人工物を使うことには意義がある。
接着による保存延命療法は、まだ一部の歯科が行っているだけだ。受診できる歯科医、医療機関は「歯根破折」「歯が割れた」「治療」などのキーワードで検索しよう。