「オートファジー」というワードとノーベル賞受賞というファクトは知っているけど、一般人の思考はそこでストップ。なにせ、細胞生物学というむちゃくちゃ難解かつミクロな分野の研究らしいので。
でも、実はオートファジーはカラダのリフレッシュや病気、疲労予防にも関わるという話。この時期、とっても知りたいど真ん中のテーマである。ここは思考停止ブレーキを解除して、哺乳類のオートファジー研究の第一人者、吉森保博士の特別講義を傾聴!
目次
オートファジーは細胞の中で起こっている出来事です。
生き物はみんな細胞からできています。人間の場合なら約36兆個の細胞です。このひとつひとつの細胞が生命の基本単位。人間の健康状態はすべて、細胞が健康なのか病気なのかで決定されます。肝臓の病気は肝臓の細胞が病気、脳の病気は脳の細胞が病気になっているということ。
ここで、生命というものの特徴をふたつだけ申し上げましょう。ひとつは「階層性」です。細胞という小さいものが集まって臓器ができて、それが集まって個体になる。個体が集まってできたものが種です。種が集まって社会ができると国となり、国際社会が作られるというように、小さいものが集まって大きくなっていく階層です。
細胞より小さいものに向かう階層もあります。細胞は核やミトコンドリアなどの小器官からできていて、その下の階層には超分子複合体という大きめの分子があります。
小器官や超分子複合体は、タンパク質や核酸や脂質などの分子からできています。細胞は数十µm(1000分の1mm)でタンパク質は数nm(100万分の1mm)。細胞よりはるかに小さなタンパク質や脂質や核酸が複合体を作り、小器官を作り、細胞を形作っています。
ちなみに新型コロナウイルスの大きさは100nmで、細胞よりずっと小さいサイズ。これが細胞に侵入してくることで健康が害されることになります。
もうひとつの特徴は「動的平衡」です。川は変わらずそこに存在していても、水は常に流れているので同じ水ではありません。
人のカラダもまた、入れ替わっています。たとえば、皮膚は古いものが押し上げられて垢として落ちていき新しい皮膚と入れ替わります。これと同様、目に見えない細胞の中身もどんどん入れ替わっていることがオートファジー研究で分かってきたのです。
細胞を社会とするなら細胞小器官は発電所や工場、警察といった組織や建物、タンパク質は人間に当たります。人がさまざまな職業に就いているのと同じで、タンパク質もひとつひとつに違う役割があります。そうしたものが細胞の中に張り巡らされた交通網に運ばれて行ったり来たりしている。そして常に新しいものに入れ替わっているというわけです。
オートファジーとは何か、ひと言で言うと、「清掃車」。
細胞の中の物質を回収して分解してリサイクルする装置です。具体的に言いますと、「隔離膜」と呼ばれる脂質でできた膜が現れて、これが片側に向かって膨らんでいきます。小器官はこのように、みんな「膜」というシャボン玉のような袋でできているのです。
やがて隔離膜は丼のような形からツボのような形になって、その空間にあるものを閉じ込めて袋状になり、口が閉じられます。この状態を「オートファゴソーム」といいます。中にはたくさんの分子や小器官が閉じ込められています。
タンパク質をリサイクルするオートファジーの仕組み
オートファゴソームは細胞内の交通網に乗って運ばれ、「リソソーム」という小器官のところに辿り着き、そこで膜同士がくっつきます。このオートファゴソームとリソソームが融合したものを「オートリソソーム」といいます。
リソソームは分解リサイクル工場に当たる小器官です。内部にはタンパク質や脂質、糖質などを分解する消化酵素が入っていて、オートリソソームの中にあるすべてのものがここで分解されます。分解された物質はさまざまな形で再利用されます。タンパク質はアミノ酸に分解されて、100%すべてリサイクルされます。
人間の世界のリサイクルにはいろいろ無駄がありますが、細胞の中では100%の効率でリサイクルされるのでまったく無駄がないのです。
オートファジーといっても知らない人がほとんどでした。
この分野の研究が発展したのは、大隅良典先生が酵母を使ってオートファジーの遺伝子を世界で初めて見つけられたことがきっかけです。それまではオートファジーといっても知らない人がほとんどでした。
オートファジーはギリシャ語で「自食」、自分を食べるという意味の言葉です。96年に私たちが「自食作用研究会」を作って研究者に呼びかけたところ、「それは何だ? ジショク(辞職)する研究か?」と言われたくらいです。
大隅先生の発見がブレークスルーとなり、最初の頃は10報もなかった論文が、現在では年間7000報を超えるほどの勢いです。これらの論文はほとんどが哺乳類に関するものです。哺乳類、つまり人間の健康や寿命にオートファジーが関わっていることが分かってきたことから、世界中で研究が進められるようになったのです。
細胞生物学という学問には、細胞同士のやりとりを研究するグループと細胞の中を研究するグループのふたつがあります。私のように細胞の中を研究する者にとっては、細胞というのはひとつの「宇宙」というイメージです。目に見えない小さな細胞の中には広大な宇宙があるのです。
細胞の中は、さながら宇宙だ!
ミトコンドリア
酸素を使って大量のエネルギーを作り出す、細胞内のエネルギー工場。もともとは好気性細菌が真核生物の祖先の細胞に寄生し、共生していけるよう進化を遂げたと考えられている。他の小器官とは異なり独自のDNAを持つ。
核
遺伝情報が詰まったDNAが核膜という膜で包まれたものが核。DNAは親から子に伝えられる人間ひとりを作る設計図。それが36兆個の細胞ひとつひとつに収納されている。原則的には核がひとつあれば1人の人間を作れる。
小胞体
核の中のDNA情報は、RNAという物質にコピーされて小胞体の表面にある「リボソーム」という突起で翻訳され、タンパク質が合成される。合成されたタンパク質を小胞体が取り込み、これをゴルジ体へと輸送する。
リソソーム
細胞内の消化管に当たる小器官。内部にはタンパク質、糖質、脂質を分解する強力な酵素が含まれている。オートファジーのプロセスで取り込まれた細胞内のタンパク質をアミノ酸に分解するなどの処理を行う。
ゴルジ体
小胞体からタンパク質を受け取ったゴルジ体はタンパク質を濃縮し、パッキングして細胞の外へと分泌する。いわば荷物を整えて出荷する配送会社。細胞外に分泌されたタンパク質はホルモンや酵素などとして働く。
オートファジーの役割についての基礎知識
では、栄養から免疫、寿命にまで関わるオートファジーの働きとは?
現在分かっている主な役割は3つ。オートリソソームの内部でタンパク質が分解されてできたアミノ酸の使い道のひとつは、飢餓に対応するための栄養源だ。エネルギーを作り出したり環境に対応するよう各組織が働くためには各種酵素が必須。そのために、急ぎタンパク質を補充しなければならない。
ここでオートファジーで得られたアミノ酸が活用される。また、アミノ酸をさらに分解し、エネルギーとして利用する手も使われる。
実際、オートファジー機能を封じた酵母は栄養を与えないとバタバタと死ぬのに対し、正常な酵母は1週間程度は生きているという。また、24時間絶食させたマウスではほとんどの臓器でオートファジーが見られることも分かっている。
エサがないなら自分自身を分解して栄養を補充する。自分の足を自分で食べるタコのごとく究極の自給自足。これが一番最初に発見されたオートファジーの役割だ。とはいえ、酵母とは違う人間の場合、オートファジーが機能せず飢え死にするような事態はそうそう起こらないのでご安心を。
オートファジーの真骨頂、細胞のリフレッシュ
2番目の役割は細胞の新陳代謝。サイクルの違いこそあれ、全身のタンパク質は毎日少しずつ入れ替わっている。白血球は3〜5日、赤血球は4か月、筋肉は3か月、骨は2〜10年で総とっかえが完了する。このように、細胞そのものの入れ替えが起こると同様、細胞内でも徐々に小器官などの入れ替わりが起きている。
全身の細胞内で合成される新たなタンパク質は1日に約240g。でも、食事から摂取できるタンパク質は頑張っても1日100g。足りない分はオートファジーで自らを分解したアミノ酸から作り賄うという仕組み。これは、オートファジーによって細胞のリフレッシュが日々行われているということ。
この機能が失われると、古くなったり劣化したタンパク質が細胞内に溜まり、さまざまな臓器障害が表れることが分かっている。細胞は生命の基本単位。オートファジーが細胞を浄化することが健康の維持に繫がっているのだ。
新たに分かってきた「免疫」という働き
細胞のリフレッシュ作用だけでもすごい話なのだが、近年、分かってきたのが有害な物質を狙い撃ちでやっつけるというオートファジーの働きだ。栄養を得たり細胞の新陳代謝をするためのオートファジーは、細胞内のタンパク質が無差別に隔離壁に取り込まれて分解される。
ところが、バクテリアなどの病原体やアルツハイマー病を引き起こす変性したタンパク質が生じると、オートファジーは選択的にこれらの異物を取り込み、排除してくれるというのだ。これはもう免疫システムの一種といってもいい。
ちなみに、新型コロナウイルスはオートファジーの働きを妨げてしまうため、感染力が高いと考えられている。逆に言えば、何らかの手段でオートファジーを活性化すれば、新型コロナを撃退できる可能性もあるわけだ。
また、ミトコンドリアが劣化すると活性酸素が発生し、細胞が傷つけられてしまう。この劣化したミトコンドリアもオートファジーが処分してくれる。活性酸素による疲労や老化予防にも関わっているのだ。
オートファジーの働きで健康寿命が延びる?
さらに、オートファジーは寿命にも関係する。吉森博士が発見した「ルビコン」というタンパク質がある。これはオートファジーのブレーキ役で、加齢とともにその量が増えるという。動物実験でルビコンの働きを抑えると、寿命が延びることも明らかにされた。
それだけでなく、ルビコンを抑えてオートファジーの活性度を上げると、腎臓の線維化やパーキンソン病など加齢による病気の進行が抑えられることも分かった。驚くべき万能ぶり。免疫力アップと健康寿命を延ばすという人類の希望が、今まさにオートファジーというシステムに託されているのだ。
新生活スタイル3つでさらば疲労、オートファジーを活性化せよ!
① 食事の基本は低脂肪の和食 with 納豆
免疫力を上げ、疲労を予防し、健康を保つために不可欠なオートファジーのシステム。せっかくカラダに備わっているこの仕組みを最大限に生かすために、自分でできること。そのひとつが食事。オートファジーを活性化する因子のひとつに、「スペルミジン」という物質がある。これは動物の体内で合成される代謝産物で、熟成したチーズや豆類、納豆などの食品にも豊富に含まれているという。
イタリアの特定の町の約800人の住人の食事調査をした結果、スペルミジンの摂取量が多い人たちほど心不全などの心臓血管系の病気のリスクが低いということも明らかにされている。
一方、オートファジーを抑制するタンパク質のルビコンは、高脂肪食を続けることによって肝臓で増えてしまうという。肝臓でのオートファジーの活性が下がり、肝細胞の中に脂肪滴がたくさんできて脂肪肝に陥ってしまうという話。
結論。焼き魚や納豆などをおかずにした低脂肪の日本食がオートファジー活性化には有効!
② 有酸素運動を積極的に取り入れる。
運動もまた、オートファジーを活性化する手立てのひとつだ。マウスの実験では、有酸素運動(ランニング)をすると筋肉でのオートファジーが促され、その結果、筋肉の糖代謝を正常に保つという報告もある。筋肉の糖代謝が低下することで生じる病気の代表格は糖尿病。糖尿病の予防や改善のために運動が必須ということの裏付けにもなる。
では同じ運動でも筋トレはどうかというと、オートファジーの活性化という意味ではあまりおすすめはできない。理由は筋肥大が目的の筋トレでは、筋肉中でエムトールという酵素が活性化する。このエムトールがオートファジーを抑制することが分かっているからだ。ちなみに、エムトールは血中のアミノ酸濃度が上がることでも活性化する。
筋トレするなとは言わないが、プロテインを飲んで追い込みすぎると、オートファジーが働きにくくなる。で、劣化したミトコンドリアが排除できずに筋肉の細胞の質は下がってしまう可能性がある。お疲れ気味のこの時期、有酸素運動と組み合わせながらほどほどレベルで。
③ 食事時間を空け、敢えて空腹感を誘う。
飢餓状態でオートファジーは活性化する。これはどの生物でも等しくいえること。線虫という生物を使った実験では、カロリー制限をするとオートファジーが活性化して寿命が延びるという結果が出ている。同様の条件でも遺伝子操作でオートファジーの機能を封じた場合、寿命は延びない。
さらに、吉森博士の研究グループは昨年、カロリー制限をするとルビコンが減少してオートファジーが活性化し、その結果、寿命が延長することを突き止めた。ヒトの場合もカロリー制限やプチ断食でルビコンが減り、オートファジー機能がアップ、ひょっとして寿命が延びる可能性があるかもしれない。
少なくともランチから夕食まで7〜8時間程度の時間が空けば、オートファジーは活性化する。ダラダラ食いを封印して空腹時間を設ければ、ミトコンドリアが浄化され、長期的な疲労改善が見込めるかも。
PROFILE
吉森保(よしもり・たもつ)/1958年、大阪府生まれ。大阪大学大学院生命機能研究科/医学系研究科教授(栄誉教授)。生命機能研究科長。関西医科大学助手、ヨーロッパ分子生物学研究所留学の後、96年から哺乳類のオートファジーの研究に着手。