疲労感ゼロで驚きの効果。インターバル速歩がもたらす劇的変化の理由

取材・文/石飛カノ イラストレーション/大久保ナオ登

(初出『Tarzan』No.691・2016年3月10日発売)

「1日1万歩」には「歩く強度」が抜けている。

1日1万歩歩きましょう。誰しも耳にしたことがあるこの標語。その根拠はというと、太っている人は1日約300キロカロリー分余分なエネルギーを摂っているから、これを消費するために90分間で9,000歩クリアすべきでしょう、でも覚えにくいから1日1万歩ってことでひとつ。で、「万歩」計を身につけて歩く人がどっと増えたという話。

以後、1万歩という数値ばかりが独り歩きをしてすっぽり抜け落ちてしまったのが、歩く強度。信州大学学術研究院医学系教授・能㔟博さんは、その強度にこそ意味があると「インターバル速歩」なるメソッドを独自に開発した。

具体的な方法はというと、3分間の普通歩きと3分間のややキツい速歩きを交互に5セット繰り返すというもの。計30分のウォーキングを週4回、1週間で120分歩くというメソッドだ。

「高い強度のウォーキングを取り入れることで、カラダにはさまざまな変化が表れてきます。1日15分続けて速歩きをしてもいいですが、これは相当に目標意識の高い人でなければ続かない。実際にそれまで長続きしなかった人たちも、3分間経ったら普通歩きで休んでいいという条件をつけてからは、半年、1年と長続きするようになりました」

その効果を時系列で見てみると、驚くほど短期間でカラダに変化が生じることが分かる。2週間で体重が減り、1か月で姿勢や体調がよくなり、4か月で体脂肪率が減少。とにかくカラダの見た目も中身もどんどん進化していくのだ。

速歩きをしなきゃダメな理由って?

運動強度と運動効果の関係を示した図
運動強度と運動効果の関係。一般人の適正な強度は40〜70%の範囲。インターバル速歩は上限と下限の反復運動。
資料提供/向本敬洋(東京理科大学助教)

インターバル速歩の速歩きの運動強度は、厳密にいうと最大酸素摂取量の約70%。健康のために行う運動の安全上限値ともいわれるレベルに当たる。これに対して普通歩きの運動強度は最大酸素摂取量の約40%。

前者は時速にするとおよそ6km、後者は4km。心拍数を目安にすると前者は130〜140、後者は70〜80程度だ。

では、最大酸素摂取量の70%という速歩きを取り入れる目的は何かというと、ひとえに乳酸を出すことに尽きる。

血中乳酸濃度と運動強度を示したグラフ

乳酸はグリコーゲンを主なエネルギー源とする高強度運動時に生じる副産物。散歩程度の普通歩きでは強度が低すぎて出てこない代物だ。血中の乳酸濃度が増え始めるのがLTと言われる地点で、最大酸素摂取量の約50%の運動強度。インターバル速歩の速歩きはもうちょい上のレベルを目指し、血中乳酸濃度をより高める。

乳酸が出るような強度の高い運動をすると、ブドウ糖の取り込み装置であるグルット4というタンパク質が発現。すると結果的に糖代謝を高めることができる。さらに、後述するような筋力や持久力のアップも乳酸を出さないことには始まらないのだ。

歩くだけで筋肉が育つってホント?

さて、体内の乳酸が増えるような運動をすると、筋肉はそれなりのダメージを受ける。すると運動後にアミノ酸が損傷部位に取り込まれて、運動前よりも少々余計に〝盛って〟筋肉を修復する。もうご存じの通り、これがいわゆる筋肥大。

だらだら歩きではもちろん筋肥大は期待できない。が、インターバル速歩の速歩きではアミノ酸の取り込みが起こる。レジスタンストレーニングのようにムキッとはいかないにしろ、筋肥大は確実に起こると考えられるのだ。

こうした筋肥大は局所的に起こる現象。一方、筋肉が発達するメカニズムには全身性のものも見られる。

筋肉に張り巡らされている神経は、乳酸の蓄積を察知すると、その情報をただちに脳に伝達する。すると脳は、成長ホルモンを分泌したり、間接的にテストステロンの分泌を促す。これらのホルモンは別名アナボリックホルモンと呼ばれるタンパク同化ホルモンだ。つまり、乳酸が溜まることで全身に筋肉を増加せよと働きかけるホルモンが、じゃんじゃん出るということ。

前ページの時系列の効果を読み返していただきたい。インターバル速歩開始後、4か月目で脚の筋肉の輪郭がシャープになってくる。これはなにも体脂肪量が減っただけでなく、筋肉自体が鍛錬された結果でもある。ウォーキングの質にこだわることがいかに重要かがお分かりだろう。

持久力がアップするメカニズムが知りたい。

上ろう走ろうと思っても心臓バクバク息ゼーゼー、カラダが思うように動かない。それがウソのように階段をトントンリズミカルに上れるようになる、信号が点滅しても諦めることが少なくなる。こういった変化の理由のひとつとして挙げられるのは心肺機能の向上だ。インターバル速歩ではこうした心肺機能アップによる持久力の向上も期待できる。そのメカニズムは以下の通り。

速歩きの際、脚の筋肉には多くの血液が流れ込む。すると本来は腎臓に行くはずの血液量ががくんと減る。腎臓はこれを黙って見過ごさず、速やかに体液を増やすホルモンを分泌して対処する。

まず、腎臓はレニンというホルモンを分泌し、アンジオテンシンと呼ばれるホルモンを作り出す。アンジオテンシンは全身の動脈を収縮させると同時に、副腎皮質からアルドステロンという、体液増量ホルモンが出るよう働きかける。その結果、全身に循環する血液量を増やすという仕組み。

血液量が増えるということは、末梢から心臓に返ってくる血液量が増えるということ。心臓はとっても律儀な臓器で、たくさん返ってきたら同じ勢いでたくさん押し戻すという性質がある。つまり、1回の拍動で全身に送られる血液や酸素が増えて、持久力がアップするというわけ。

ところで3分のゆっくり歩きは必要?

カラダに生じる嬉しい変化は主に速歩きがもたらすということがお分かりいただけただろう。ならばややキツい速歩きだけを集中的に実行すればいいんじゃないの?せっかちな人は、そう思うかもしれない。

ただ、よほどストイックな人でない限りこれを継続することは難しい。さまざまな健康効果は5か月、10か月と続けていって初めて期待できるのだ。

また、インターバルという運動スタイルにも重要なメリットがある。ラットによるある実験では、強度が変わらない長時間の運動を続けるより、短時間の高強度運動の方が脳に蓄積されるグリコーゲンの量を維持しやすいという結果が出ている。

脳のグリコーゲンの量は疲労感と相関関係があるといわれている。グリコーゲンの量が少なくなると疲労感を感じ、維持できていれば疲労感を感じにくいのだという。つまり、短時間の高強度運動は比較的疲れにくいと解釈できるのだ。

シャカシャカ歩き一辺倒でもダメ、だらだら歩きを長時間続けてもやっぱりダメってこと。

インターバル速歩で得られる最大の効果って何?

体内のミトコンドリアの動きを示した図
エネルギーを作る際、ミトコンドリアからこぼれた電子が活性酸素となり、病気をもたらす炎症が起こる。

全身に存在するエネルギー産生工場、ミトコンドリアの数やサイズが増え、活性度がアップすることに由来する。

ミトコンドリアは酸素を介して栄養素を燃焼させたり、電子をやりとりしてATPを作り出す工場。その機能が低下すると電子の流れが滞り、途中でポロポロと脱落して活性酸素が生じる。活性酸素はいたるところで細胞やDNAを傷つけて炎症反応を起こす。

炎症が内臓脂肪に起これば糖尿病、血管に起これば動脈硬化や高血圧、脳ならうつ、がんの抑制遺伝子であればがんになる。すべてはミトコンドリアの機能低下による慢性炎症が元凶なのだ。

このミトコンドリアの劣化を防ぐのがウォーキングによる筋肉の強化。ミトコンドリアは筋肉、とくに有酸素運動で主に使う遅筋に多く存在するので、まずその居場所を確保できる。さらに高強度の速歩きでミトコンドリアの増殖肥大を促すタンパク質が増加する。この相乗効果で健康が確保できるのだ。

自分は毎日1万歩歩いてるから、それでいいでしょ?

30歳以降になると、10歳年齢を重ねるごとに体力は無惨に低下していく。昔とったキネヅカがどんどん通用しなくなっていくのだ。

筋力の低下が体力の低下を招き、やがてさまざまな生活習慣病を引き起こす。だが、インターバル速歩でミトコンドリアが強化されるとこの流れに歯止めがかかることが実証されている。

下のグラフがまさにその証拠。ちょっと衝撃的なデータだが、ご覧いただこう。とくに運動習慣がないという人と、1日1万歩の普通歩きをしている人は、膝を曲げ伸ばしする筋力や体力の指標である最大酸素摂取量がほとんど変わらない。一方、5か月間インターバル速歩を続けた人の結果を見てみると、それぞれの筋力も最大酸素摂取量も明らかに向上している。

インターバル速歩を1日30分行った場合の歩数は、約6000歩。歩数は1万歩に満たなくてもこれだけの結果が出るというからなんとも驚きだ。

といっても、なーんだ、じゃあ1日1万歩歩くのなんて意味ないじゃん!と思い込んでしまうのはちょっと早計。

インターバル速歩の1日30分というのはあくまで最低限の条件。余力があれば40分だって1時間だって行って構わない。つまり1万歩分のインターバル速歩を習慣にすればもう最強ってことなのだ。

歩き方で変わる筋力と体力
歩き方で変わる筋力と体力
週4回のインターバル速歩を5か月以上続けた結果、何もしない、1日1万歩グループに比べ筋力と体力がアップした。
Nemoto K et al. Mayo Clinic Proceedings. 282: 803-811. 2007より