海洋冒険家・白石康次郎を駆り立てる、世界一過酷なヨットレース『ヴァンデ・グローブ』とは?
4年に一度開催され、完走率6割足らずと、世界一過酷といわれるヨットレース『ヴァンデ・グローブ』。このレースにアジアから唯一参加し、完走を果たしたのが海洋冒険家の白石康次郎さんだ。並の精神力では戦えない世界で、何が白石さんを搔き立てるのか。
取材・文/黒田創 撮影/北尾渉
初出『Tarzan』No.810・2021年5月13日発売
無寄港、無補給のヨットレース。
4年に一度開催され、完走率6割足らずと、世界一過酷といわれるヨットレース『ヴァンデ・グローブ』。このレースにアジアから唯一参加し、昨年から今年にかけての第9回大会で初の完走(16位)を果たしたのが海洋冒険家の白石康次郎さんだ。
「ヴァンデ・グローブは、フランスではテニス全仏オープンやツール・ド・フランスと同じくらい注目を集めるヨットレースで、僕はこれに出場することを長年の目標にし、実績を積んできました。初めて出場した前回の大会ではマストが折れて途中リタイアしたので、今回は何としてでも完走したかった」
レースはおよそ100日間かけて行われ、フランスから始まり東回りに単独で世界一周する。その間は無寄港、無補給。選手は24時間態勢で船を操らないといけない。
「当然トラブル対応も一人でやります。今回は序盤の7日目にメインセールが破損し、1週間かけて修理してレースを続けました。トラブルを想定して工具を多めに積むとヨットの重量が増すためタイムを争ううえでは不利ですが、今回は完走が目標だったので準備を万全にしました」
一瞬でも気を抜けば死が待つ予測不可能な海の世界。白石さんは94日21時間32分56秒でフィニッシュしたが、その間の睡眠については「1時間も寝られれば御の字ですよ」とこともなげに言う。
「基本的に穏やかな海域なんてありませんから(笑)。いまは少し落ち着いているなと思った時だけ、仮眠をとったり食事したりする。
そんな極限状態が長期間続くなかで何とかモチベーションを保てるのは、僕のチャレンジを支え、応援してくれる皆さんやスタッフ、スポンサー、家族の存在があるから。特にトラブルが起こるとみんなの顔が頭に浮かんで“絶対に生きてゴールしよう”という気持ちが湧き上がります」
恐怖心はなく、あるのは好奇心のみ。
並の精神力では戦えない世界。何が白石さんを搔き立てるのか。
「好奇心です。よくヨットで世界一周する動機とか、“怖くないんですか?”なんて聞かれますが、正直恐怖心はなく、あるのは好奇心のみ。
僕は鎌倉生まれで、子供の頃海を見ながらこの先の広い世界を見たい、世界一周したいと夢見て、それだけをずっと追い求めてきた。皆さんもいろんなスポーツが好きだと思うけど、たまたま僕の心を震わせるのが船で世界を旅することだったんです」
夢の実現のため白石さんは水産高校に進学。遠洋漁船に機関士見習いとして長期間乗り込むなかで、10代にして船乗りとしての基礎知識や航海の厳しさなどを叩き込まれる。同じ頃、単独世界一周ヨットレースで優勝した多田雄幸さんに弟子入り。冒険家としての道を切り開いた。
「今まで4回世界一周しましたが、特にヴァンデ・グローブはフランスの国技的なレース。日本人の僕が参加できるのはそれだけ門戸が開かれている証しだし、条件を満たせば何歳になっても挑戦できる。そこに自由と平等の国、フランスらしさが感じられて好きなんですよ」
白石さんは次回2024年大会にも出場を目指している。目標は8位。
「順位を上げるために肉体的鍛錬はもちろん、億単位の資金集め、そして運も不可欠です。いろいろ苦労しても優勝賞金は2500万円。カネや名誉じゃない。やっぱり好奇心の方が勝っちゃうんです(笑)」
白石さんはそうした経験を伝える活動も積極的に行っている。世界を旅して感じたワクワクを次世代にも感じてほしい、その一心で。