• 談志の言葉は実は、筋トレの聖典だった!?|立川談慶の「腹割って話そう」(4)
COLUMN
2020.02.28

談志の言葉は実は、筋トレの聖典だった!?|立川談慶の「腹割って話そう」(4)

談志の言葉は実は、筋トレの聖典だった!?|立川談慶の「腹割って話そう」(4)

筋トレが好きすぎる落語家・立川談慶さん。過去に『ターザン』誌上のベンチプレス選手権に出場し、また普段から週4日のトレーニングをこなすガチのトレーニー。そんな談慶さんはいかにして筋トレにハマり、また筋トレから何を学んだのか。〈Tarzan Web〉連載で、軽妙に語っていただきます。

「去る者は日々に疎し」。人が亡くなって9年近くが経過すると、話題にすら上らなくなるのが普通です。いや、話題に上ったにしても、「なつかしさ」がベースとなり、例えば厳しかった会社の上司などの法事に顔を出しても、「柔らかな笑顔」しか思い浮かんでこないことのほうが大半でもあります。「死ねば仏」とはよく言ったもので、歳月は過去を美化し、付随するものをすべてマイルドにしてしまうのでしょう、一人を除いては。

そんなたった一人こそ、わが師匠、立川談志であります。

なぜ、今なおパワー健在か?

無論、本人がその場にはもういないのですから、手放しで照れもなく「優しい人だった」と言いたくなる気持ちもありますし、また実際プライベートでは優しかったので、「いい人だった」という流れにもなりがちですが、やはり芸の上では鬼神のような存在感を発揮した人でした。そして、その雄姿はいまだにYouTubeなどのデジタル動画でも確認出来ます。

さらには、その「遺した言葉」が伝説のような形で弟子やファンに流布し、多大な影響力を現時点でも与えているところを鑑みると、「本当はまだ談志は元気なのでは」とすら思えてしまうのです。

だって、いまだに談志が元気でいるような夢を見るのですもの。

並みの状況を覆してしまうほどの、死して並々ならぬパワー健在な理由は一体なぜでしょうか。昨年11月に刊行した『談志語辞典』にも書きましたが、一つには、「談志の亡骸に触れてのお別れをしていない」という点でしょうか。照れ臭くて亡骸にすがりつくというようなことは出来ないにしろ、立場上最後の世話をすることになった最後の弟子の談吉以外は、談志の亡骸には触れていないのです。

そんな心の中での折り合いがついていないままの状態がずっと続いているからこそ、夢の中に何度も登場してくるのでしょう。

逆に言えば、だからこそ『談志語辞典』だけではなく、現在発売中の『人生、オチがよければすべてよし!』などの談志の言葉をベースにした本がすでに14冊も出すことが出来ているのかもしれません。今もし生きていれば、「俺はそんなことは言った覚えはない」などと言うのかもしれませんが、談志の死とのそんな距離感が、「生きた言葉」として書籍にも反映され更なるビビッドな印象をいまだに放っているのでしょう。

談志の“筋トレに向けて”としか思えない言葉。

そういう見方で改めて談志の発した言葉に触れてみると、買いかぶりそのものかもしれませんが、実は「筋トレ」に向けてとしか思えないような言葉だらけであることに気が付きました。

その代表的なのが口癖だった「現実が事実」であります。

私は筋トレを始めて12年半にもなりますが、なぜかくも長い間続けて来られるのかと思ったら、落語への取り組み姿勢と筋トレが相通じると感じていると気づいたからかもしれません。まず「共に達成したり成長したりするのに時間がかかる」という点です。落語はいきなり名人クラスのようにはなれません。前座からスタートすれば15年前後の時間をかけて、一人前と言われる真打ちに昇進してゆきます。かたや筋トレも、いきなり筋肥大は起きません。やはり10年以上かけてカラダを作り上げてゆくものです。

そして「共にまずは正しいフォームを身に付けなければならない」という点です。個性的なフォームは筋トレではケガを、落語では観客からの賛同を得られないという比喩的な意味での「ケガ」を、それぞれにもたらします。そして、やはりそういう「正しいフォーム」を身に付けるためには「共に厳しい指導者から始まる」という点も同じです。

談志は過去の落語家の中でも一番と言っていいほど弟子に対しては厳しさを発揮していました。その一番の特徴はというと「超現実主義者」だったことではないかと思います。談志の口からは「夢」などというやわな言葉は聞いたことなどありませんでした。未来については「修正できると思っている過去だ」とまで言い切っていました。

とかく凡人は「理想」から語りたがるものです。筋トレにしても「理想はシックスパック、ベンチプレス100キロ以上」などと「いつかは『Tarzan』の表紙!」と夢物語を抱きます。が、筋トレなど決してやることのなかった談志が万が一取り組んでいたと仮定するならば、頭の中に抱く出発点はあくまでも現実の「一枚のトレーニングメニュー」だったのではと察します。

シャカリキにトレーニングもしないで理想の青写真を描くことを唾棄していたはずです。自らに課した「一枚のトレーニングメニュー」をきっちりこなすことのみを「理想」とするような鍛錬を積み重ねていたことでしょう。

目標は到達点でなく“地道な一日一日”。

前座修行を終えた翌日の私に向かって言ったのが「到達点を目標にするな。そんなもの目標にしたら、そこにたどり着いた時点でお前は崩壊する。そうではなくて、地道な一日一日をこなし続けることを目標にしてみろ」との言葉でした。

これはまさに筋トレバイブルではないでしょうか。

頭の中に描く絵は、理想側の「華々しいライトを浴びたボディビルの大会でポーズを決めている絵」ではなく、現実側の「日々のフリーウェイトトレーニングで地道に苦しみながら汗を流す絵」だったのでしょう。

天下を獲る人と、普通に終わる人との差はこんなところではないでしょうか。

談志は「努力とは馬鹿に与えた夢だ」とまで言い切っていましたが、実はものすごい努力家だったのです。結果を出さない努力を嫌う「超現実主義者」であり続けたのです。

「目標5キロ減」と決まったら、「痩せて引き締まったカラダ」を想像するのではなく、「ビール腹を周囲にさらしながらうなり声を挙げて腹筋運動に取り組む姿」を焼きつけましょう。これは筋トレのみならず、あらゆる目標達成に向けてのきちんとしたプログラムになるはずです。実際私も、「新刊が出来上がって本屋さんの店頭で売れている姿」ではなく、「毎日地道に1日2000字は書こうともがいている図」を目標にコツコツ本を書き続けています。

やはり「大事なことはすべて談志」から教わったのでした! 「現実が事実」。こんな毎日を展開させてゆけばきっと「理想が事実」になる! 信じましょう。

PROFILE
立川談慶
立川談慶(たてかわ・だんけい)/1965年、長野県生まれ。1988年に慶応義塾大学経済学部を卒業後、〈ワコール〉に入社。その3年後に独立し、立川談志門下へ入門。2000年に二つ目昇進、談志より「談慶」と命名。2005年に真打ち昇進。『大事なことはすべて立川談志に教わった』(KKベストセラーズ社)など著書多数。

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