現役トレーナーが考えた、“健康テクノロジー”がもたらす未来|ターザン的「CES 2020」現地レポート(10)

フィットネスやヘルスケア分野の最先端も集まる「CES 2020」を、ターザン的目線でレポート。さまざまな展示を巡ったトレーナー中野ひろゆきさんが、メディカル&フィットネスの未来を考えました。

取材・文・撮影/中野ひろゆき

“健康”がテクノロジー進化の主戦場に。

私たちは“停電すると生活ができなくなる”と言われるぐらい、電化製品に頼って生きています。スマホ、冷蔵庫、電子レンジなど、私たちの家にある電化製品は生活必需品となっていますが、これらは“生活を便利にしてくれるアイテム”に過ぎません。

やや乱暴な言い方ですが、スマホは黒電話と図書館の融合、冷蔵庫は氷と床下収納の融合、電子レンジは囲炉裏の進化版など、「やりたいことを、より効率的により短時間で」できるようにしたのが現在の一般的な電化製品です。テクノロジーがもたらした「効率化」はもちろん素晴らしいことであり私たちの生活も一変しましたが、仮になかったとしても健康を害したり、健康寿命が縮んだりするわけではありません。

一方、一般生活のなかで普及している健康分野(メディカル&フィットネス)のテクノロジーといえば、比較的昔からの進化が少なかったように感じます。体温計が水銀から電池式になったり、体重計は重りを使っていたのがデジタル化したり、血圧計のポンプがなくなったり。それはそれで便利ですが、“人生を一変させる”ほどのインパクトはありませんでした。

しかし近年、更なるテクノロジーの進化とAIの登場によって、健康分野のテクノロジーが劇的に変わりつつあります。これまでは「便利さ」を追求するのがテクノロジー進化の主戦場でしたが、それが「健康」を追求する時代にシフトしているように思います。

「体調が悪いから病院に行く」時代は終わる?

健康分野でどのような“劇的な変化”が起こりうるのか、一例を挙げます。

従来の体調管理は、自分の体調に違和感を感じ、それが悪化(進行)し、病院で診断を受けて薬を飲む「治療」が一般的でした。しかし、これからはウェアラブルデバイスを活用した「予防」の時代がくると思います。テクノロジーを活用して“気がつく前に解決”する3Y(予知、予測、予防)が一般的になるでしょう。

「CES2020」でMYANT社が発表したスマートパンツ《SKIIN》のような、私たちの肌着などにセンサーが搭載され、常に生体認証データをスマートデバイスが収集。そのデータを、AIが分析し日頃のデータと照らし合わせ、感覚的な違和感よりも前に“体調不良の兆候”を予知。さらにデータ化された“体調不良の兆候”をビックデータに掛け合わせて、今後の健康状態を予測。悪化させない方法を自動で提案する「予防機能」によって、ベストな生活パターン、食べ物、睡眠時間などをスマートフォンなどに送信し、オンラインで全てが完了。

「CES2020」を見ていると、このような世界を実現するテクノロジーは既に生まれているように感じました。日頃の風邪のような症状から、大病にまで活用され健康管理の常識が覆されそうです。

フィットネスも“経験”から“統計”に。

フィットネスについても一例を挙げましょう。

現在のフィットネスプログラムのほとんどは、トレーナーやインストラクターの「個人の経験」に基づいて考案され、世の中に広まっていってます。この経験値はどこまで正確であるか疑問が残りますが、人間は良くも悪くも“曖昧さ”は現在のAIには圧倒的に優っていて、それが同時に“人間らしさ”の良いところであるとされています。

しかし、目標達成重視のフィットネスを行う場合は、曖昧さより“確率論”を貫いたAIが採用する「統計値フィットネス」の方が適してるかもしれません。年齢、性別、身長、体重などのデモグラフィックデータと、日頃の活動を管理したモニタリングデータを合わせ、同じプロファイルの人が過去に行なったフィットネスの中で、最も効果的に成果が出たトレーニングを採用する「統計値フィットネス」。

ロボトレーナーによるパーソナルトレーニングと、人間トレーナーが同じジムで内で肩を並べてトレーニング指導を行う未来もそう遠くないかもしれません。

健康テクノロジーの課題。

例に挙げたように「CES2020」で発表された様々な健康分野のテクノロジーは、“将来的”に私たちの生活を更に便利にし、健康寿命を伸ばしてくれるはずですが、一方で課題もまだまだ山積み。そう話すのは、『CES2020 Welcome Home, Health Care』に登壇したDipti Itchhaporia博士(医師/アメリカ心臓病学会フェロー)です。

Itchhaporia博士は、集めたビックデータを「データ」から「知恵」に変える為には3つのステージをクリアする必要があると指摘します。1つ目は「データに出どころを紐付け、情報にすること」、2つ目は「情報に意味を持たせ、知識にすること」、3つ目は「知識に専門家の識見を足し、知恵に変えること」。

この3つのステージをクリアさせることは容易ではなく、テクノロジー企業と医師、トレーナー、健康分野の専門家などが「開発段階から共に協力し合うことが必須」と語ります。ロボトレーナーを生み出すテクノロジーが開発されたからといって即座に人間トレーナーが不要になるわけではなく、トレーナーだからこそ知り得るフィットネス現場の知見やニーズが重要なのです。

新しい商品やテクノロジーの発表を見ると、すぐにハリウッド映画の様な未来がくると期待してしまいがちですが、現実はまだまだハードルは高そうです。

健康管理は“自力”本願に限る。

「CES2020」には60,000人以上の人が世界中から集まり、大成功に終わりました。しかし、「人が集まるところにはウイルスが集まる」と言われるように、体調不良の関係者、出展者、登壇者が続出していたイメージが強く残ります。

最新テクノロジーを活用した“健康管理”も魅力的ですが、現状ひとまずは(1)規則正しい生活、(2)適度な運動、(3)十分な睡眠、(4)健康的な食生活、(5)ポジティブな気持ち、が健康管理の基礎だと思います。

「CES2020」で見えた私たちの未来に必要なことは「テクノロジーは活用するものであって、管理されるものではない」ということ。人間は“動物”の一種です。しっかり“動”く生き“物”である事を忘れず、テクノロジーを活用し、更に人生を豊かにできればと思います。