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『ポケモンGO』『ピクミン ブルーム』は、なぜユーザーを「歩かせる」のか:川島優志インタビュー【前編】

ポケモンGO

Googleの社内スタートアップとして生まれ、2016年には『ポケモンGO』をローンチし大ヒットさせた〈ナイアンティック〉。そのナイアンティックの副社長を務める川島優志さんに「歩く」ということの身体的意義や、シリコンバレーの身体文化の現在について伺いました。

世界を変えるには、人を外に出せばいい

運動や身体との向き合いのなかで最も基礎的な活動が「歩く」という行為です。これまで『Ingress(イングレス)』『Pokémon GO(ポケモンGO)』をはじめ、「歩く」サービスを展開してきたナイアンティック社・副社長の川島さんに、「歩く」ということの意味について深堀りして伺えればと思います。

川島優志さん

川島優志さん(かわしま・まさし)/米 Niantic, Inc.副社長。早稲田大学中退後、 2000年に渡米。ロサンゼルスでの起業、デザインプロダクション勤務を経て、2007年Google入社。2015年に Niantic, Inc.の設立と同時に、アジア統括本部長に就任。 2019年副社長に。「イングレス」のビジュアルおよび UXデザインを担当したほか、「ポケモン GO」では開発プロジェクトの立ち上げを担当。©2021 Niantic, Inc.

編集部
ナイアンティックといえば創業者のジョン・ハンケも、シリコンバレーの起業家のなかで最も注目を集める一人だと思います。そもそも川島さんがナイアンティックに参画したきっかけはどんなものだったのでしょうか?
川島優志さん(以下、川島さん)
僕はもともと大学を中退してアメリカに渡っていろいろな仕事をして、そのあと縁あってGoogleに入社し、本社のWebデザインをするチームで「Doodle」と言われるGoogleのトップページロゴなどを担当していました。

あるとき社内の組織再編のなかで別のチームを探すことになって、そのときに以前の上司だったデニス・ファンから、彼がすでに働いていたナイアンティックにぜひ来ないか、と誘われたんです。

編集部
デニスさんは初代Googleロゴのデザイナーですよね。当時のナイアンティックは、Googleが世界的企業に飛躍していく中で浮いてしまっていた彼のような黎明期を支えたメンバーが集結して始まったそうですね。
川島さん
はい。そのナイアンティックのチームに加わる前に、のちの創業者になるジョン・ハンケと初めて会ったんです。そのときに「世界を変えるにはどうしたらいいのか?」という話をしたんですけど、ジョンが言っていた「世界を変えるには、人を外に出せばいい」という、禅問答のような言葉にすごく共感したんですね。
編集部
でもジョン・ハンケは、もともとGoogle Earthを創り出した人物なわけですよね。むしろ現実世界をバーチャルな空間に移し替えていた人、という印象ですが…。
川島さん
ええ。Google Earthは外に出なくても、スクリーンの前に座っていれば地球上のどの場所でも見ることができるというサービスですね。だけど一方で、ジョン自身の子どもは日曜日もソファでずっとゲームをしている。

そこでジョンは「ゲームがそこまで人をソファに縛りつけることができるのなら、その力を、外の世界に連れ出すために使えないか」とを考えるようになったわけです。「人を外に連れ出し、人と人どうしを触れ合わせる」って、口で言うのはすごく簡単なんですけど、実はものすごい挑戦です。難しいからこそ挑戦する価値があるな、と思ったんですね。

編集部
それがやがて『Ingress(イングレス)』や『ポケモンGO』、そして先日リリースされた『Pikmin Bloom(ピクミン ブルーム)』のように「歩く」、つまり運動をしながら世界を探索したり発見することを促すサービスに繋がっていったんですね。

Google黎明期のメンバー作った「外に連れ出す」サービス

編集部
ただ思うのが、シリコンバレーやアメリカ西海岸の企業が生み出しているサービスは、家にいたままで色々な体験ができます。そんな便利なサービスを作ってきた張本人たちが、なぜ全く違う方向へ向かったのでしょうか。
川島さん
シリコンバレーに限らずなんですけど、テクノロジーの進歩って「人をラクにさせてくれる」という側面が大きいですよね。かつては洗濯を手でやっていたけれど、洗濯機が発明されて、人間は洗濯の苦労から解放された。炊飯器や食洗機などの家電はどれもそうですよね。

シリコンバレーや西海岸の企業でも、Google、Apple、Facebook、Amazon、Teslaなどのテクノロジー企業は、人々の悩みや時間がかかっていることをラクにしてくれるサービスを産み出してきました。

たとえばAmazonを使えば、動かなくても自分の欲しいものを世界中どこからでも手に入れることができる。テクノロジーは「一切家から出なくても生活できる」という方向に発達してきていますよね。

編集部
だからこそ、ナイアンティックが「歩く」ということにここまでこだわってきたのが不思議なんです。
川島さん
まず、「歩く」ということは、多くの人にとって最も身近な行為の一つなんです。家に引きこもっていて運動していない人に「テニスしようよ」とか「筋トレしよう」と誘っても、なかなか出てきてくれないですよね。でも「歩く」ということであれば、何とか連れ出すことができる

実際、ずっと引きこもっていた人が『Ingress』や『ポケモンGO』がきっかけに、外に出て、街で人とコミュニケーションするようになったといった手紙は、世界中から私たちのところに届くんですね。

ポケモン GO

『ポケモンGO』 ©2021 Niantic, Inc. ©2021 Pokémon. ©1995-2021 Nintendo/Creatures Inc./GAME FREAK inc.

編集部
たしかに「歩く」という行為は運動のなかでも一番ハードルが低いですよね。
川島さん
それだけではなくスタンフォード大学で行われた研究では、「室内でただ座っているときよりも、歩いているときのほうが創造性が平均で60%ほど向上する」という結果も報告されているんです。

諸説ありますが地球上に870万ぐらいの生物がいるなかで、直立二足歩行ができる生物って人間ぐらいなんですよね。人間が今のような創造性を獲得できたことと「歩く」ということには、何かしらの結びつきがあるんじゃないかなと思っています。

編集部
「歩く」という行為には人間の創造性の源泉があるのではないか、と。確かに、家で一人で調べ物をしているよりも、「歩く」という行為が着想を生む場面はあると思います。
川島さん
あと、「歩く」ということと心身の健康には、すごく深い結びつきがあると思っているんですね。

ウォーキングを始めとした有酸素運動をすると精神的にもリラックスできて、様々な脳内物質の分泌が促されるということは、数々の論文でも指摘されています。実際、糖尿病の患者さんの中でも歩行習慣がある人は、ない人に比べて40%ほど死亡率が低下することも判明しています。

ナイアンティックとしては、私たちのサービスを心身の健康、街での人とのコミュニケーション、創造性の向上などに役立ててほしいな、と思っているんです。

編集部
ナイアンティックには、現在のPCやスマホの「身体を動かさない」インターネットに対して、「身体を動かす」インターネットの可能性を探求したいという発想が根底にあるんだなと思いました。

シリコンバレーの身体文化のいま

編集部
一方で、ITの開発の当事者であるシリコンバレーの人たち自身は、マインドフルネスに注目していて、身体に興味を持っているように見えます。
川島さん
僕もGoogleのシリコンバレーの本社で働いていたときは、中庭で禅みたいなことをやっているのに参加したりしましたね。あとは、みんなで集まっているんだけど、一切会話せずにただ昼食を味わうことだけに集中する、「食べるマインドフルネス」みたいなことをやっているグループもありました。
編集部
「食べるマインドフルネス」、面白そうですね。
川島さん
本質的には、身体や自分の感覚を見つめ直す身体をハックすることで精神をコントロールできるとか、そういった発想に関心を向ける人が増えていて、それがプロダクトにも影響を及ぼしていると思います。近年で言えばフェムテック(女性が抱える月経などの健康課題を解決するテクノロジー)や、睡眠などにも関心が高まっていますね。
編集部
何か流行っているアプリなどは、あったりするんですか?
川島さん
アプリでいうと『Strava(ストラバ)』という、自転車やランニングで走ったコースを共有できたりするフィットネスとSNSを融合させたアプリが、このパンデミックの間にも人気を伸ばしましたね。
編集部
なるほど。パンデミックということで言うと、身体をめぐるライフスタイルには何か変化は起こったのでしょうか。
川島さん
日本と同じくアメリカでも、パンデミックの間にビデオ会議はすごく増えたと思うんですが、少し落ち着いてきて対面でコミュニケーションするようになると、ビデオ会議と対面ではコミュニケーションの質がかなり違う、ということは多くの人が実感しているところではないかと思います。

やっぱり人間は言葉以外にも表情、声のトーン、匂い、身振り、目の動き、肌の色など、非常に微細なところで情報をやりとりしているはずなんです。そうした部分はコミュニケーションのなかでも明確に意識はされないけれども、とても大切なものだったんだなと

編集部
たしかに、久しぶりに誰かに会って話したりすると、「対面でのコミュニケーションって、思ったよりもいいものだったんだな」ということは感じます。
川島さん
人と人どうしが対面してコミュニケーションすると、濃密なシンクロ体験のようなことが起こる。でも、それがなぜなのかって、まだまだミステリーですよね。人間の身体には、まだ解明されていない色々な機能があるんじゃないかと思います。
編集部
それこそウェアラブルデバイスなどによって人間の活動がより精緻にデータ化されていくと、そういったシンクロ体験のような「人間の身体のふしぎ」が、少しずつ解明されていくのかもしれないですね。

川島さんが実践する、瞑想とウォーキング・ミーティング

編集部
ちなみに、ナイアンティックのみなさん、そしてジョン・ハンケは、どういうふうに身体と付き合っているんでしょうか?
川島さん
日本オフィスではそれこそ『Tarzan』を読んでいる社員はけっこういるので(笑)、筋トレやランニングなども関心は高いと思います。ジョンはね…ヨガを毎朝やってますね。ヨガはメンタルをいい状態にコントロールするのにすごく役立っているらしいです。

ナイアンティックの幹部で2、3日泊まり込んで一年の経営方針を話し合う会議があって、僕も参加しているんですが、そのときには毎朝ヨガがあります。自由参加ですけどね。

編集部
川島さんご自身はいかがですか?
川島さん
僕は身体との付き合いで言うと…もともと祖父が剣道をしていて座禅を組んだりしていたことの影響で、中学生ぐらいから瞑想を続けているんですよ。それは集中力を上げるのにすごく役立ってるな、と思います。

だいたい10分ぐらいはしていますね。ナイアンティックのサンフランシスコオフィスには瞑想のための部屋があるんですが、日本オフィスを作ったときには畳の部屋を作って、ここで座禅なんかもできますね。

瞑想を行う川島さん

ナイアンティック日本オフィスの畳の部屋で瞑想する川島さん。©2021 Niantic, Inc.

編集部
おおー、なるほど、本格的ですね。
川島さん
あと最近では「ウォーキング・ミーティング」もけっこうやっていますね。Appleのスティーブ・ジョブズやFacebookのマーク・ザッカーバーグは歩きながらのミーティングをやっていますけど、僕もサンフランシスコにいたときはよくジョンと歩きながら会議をしてました。
編集部
ウォーキング・ミーティング、良さそうですね。会議室でやる会議と比べると、どんな違いがあるんでしょう?
川島さん
コースが何パターンかあるんですけど、サンフランシスコの海沿いの港を歩いていて、序盤は雑談なんですけど、あるコーナーを曲がったあたりでいつもジョンがシリアスな話を始めるんですね

「いま自分が抱えている課題はこうだ」「どう思う?」みたいな話をして、港の堤防の突端あたりまで行くと気分良く話がまとまって帰ってくる、と。歩きながら話すと、そういう区切りやストーリーが作りやすいですよね。あとは、どんどん景色が変わって、目に入っていく情報が変わっていくので、話が弾んだり、発想の変化が生まれたりしますよね。

ただ、ウォーキング・ミーティングは発想が必要なときにはいいと思いますが、資料やスライドを見ながらしないといけない議題には向かなかったりもするので、トピックにもよるのかな、と思います。

編集部
面白いですね。まさに「歩かなくていい」インターネットを作ってきたシリコンバレーの最先端で、実は開発者の間では「歩く」ことの創造性が注目されはじめているんですね。
川島さん
元々は、人が多すぎて会議室が足りなくなっているという事情から始まったんですけどね(笑)。

取材・構成・文/中野慧

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