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「ライバルが多いのはいいこと」体操・谷川航の2年後を見据えた思い

谷川 航(たにがわ・わたる)/1996年生まれ。160㎝、52㎏、体脂肪率4%。小学校1年で体操を始める。2014年、全日本種目別選手権ゆか3位。15年、同選手権同種目で2位、平行棒4位。16年、同選手権、跳馬1位。17年、全日本個人総合4位。同年、世界選手権の種目別ゆかに出場。今年も代表に選出される。順天堂大学所属。

小学生1年生から徹底的に基礎を学び、2年連続で世界選手権代表に選ばれた体操・谷川航選手。「ライバルが多いのは、僕にはいいこと。そのなかで伸びたい」と語る彼は、東京オリンピックでどのような活躍をするのか。

2018年7月に行われた体操の全日本種目別選手権「ゆか」で2位に入ったのが、谷川航である。これにより、現在ドーハで行われている世界選手権の日本代表にも選出されている。その彼を訪ねたのが大会直前。場所は彼が所属する、順天堂大学体操競技部の体操競技場だ。

オガワ・ジムナスティック・アリーナと呼ばれるここは、去年竣工した最新鋭の競技場であり、部員たちはよりよい環境のなか、日々練習に励んでいるのであった。

で、谷川だが、世界選手権の直前というだけあって、練習でも気合が入っているように見えた。とくに注目すべき点は、本番で行う演技をほぼ忠実に行っていたことであろう。それを見ていると、普通の人では絶対にできない動きというか、どんなことをやっているかも、あまり理解することができないほどなのである。たとえば、今は何回ひねって着地したの? なんて感じなのだ。1種目だけでも、体操選手の運動能力の高さをはっきりと知ることができてしまうのだ。練習後の谷川に話を聞いた。

「試合前には、それを想定した練習になります。いわゆる通しですね。体操では十技(10の技)で、ひとつの演技が構成されます。普段は一つひとつの技の精度を上げていくのですが、この時期は種目ごとに通しで、数本ずつやっていきます。だから、とくに集中力が大切になるんです」

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谷川は昨年も世界選手権に出場しているから、今回が2度目。ただ、前回とは違った緊張感があるという。

「日本の体操男子は層が厚くて、代表に入るための過程はいつも激戦です。が、今年の世界選手権に関して言えば、去年とはモチベーションが全然違いますね。前回は(個人で)種目別に出場するだけだったけど、今回は団体にも出ますから。種目別だったら自分だけのことなので、失敗しても一人で悔しい思いをすれば済む。だから逆に、大きな技にもチャレンジできるんです。でも、団体となるとまわりの人に迷惑がかかるので、とにかくミスをしないことが勝つポイントとなる。だから、プレッシャーは大きいですね。ただ、僕は大きい大会だから緊張するというタイプではないので、その辺りはあんまり心配していないんですけど」

体操では演技の難度や十技の構成の難しさを評価するDスコアと、演技の出来映えを評価するEスコアの合計によって得点が決まり、勝負が争われる。そして最近、とくに厳しくなったのがEスコアなのだ。

技を教科書通りに美しく演じることが、強く求められるようになった。日本の伝統は“美しい体操”である。ということは、Eスコアが厳しくなれば、日本選手にとっては、優位な戦いができるということなのだろう。

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「シンプルなことで言えば、着地が一歩動くと、Eスコアはこれまで0.1ポイントの減点だったのですが、今は0.3です。つまり、着地が止まるか止まらないかで、大きな差が出る。それに比べてDスコア、演技の難度を練習で0.1上げるのは大変なこと。Eスコアが厳しくなったことが日本選手全員に有利に働くかはわかりませんが、演技の正確さを追求している僕にとっては有利だと思います。実際に、減点されることが他の選手より少なくなって、順位も上になることが多いですからね」

小学生の頃から目指すはオリンピック

小学校1年生のとき、地元・千葉にある健伸スポーツクラブで体操を始める。それ以前から、このクラブのコーチに遊びで教えてもらっていたのだが、才能を認められて勧誘を受けたようなのだ。本人も「あまり覚えていないが、体操は最初から楽しかった」と言う。

その頃は、他に水泳や、なんとアクションクラブ!などの習い事をしていたが、一番結果を残せる体操を選んだ。小学校2年の県大会で2位に入ったのである。ただ、練習は厳しかった。

「休みが全然ない。週7日で夕方4時から10時頃まで。終わったらすぐ寝て、学校って感じでした。始めたときから、ずっとキツいなと思っていましたね。ただ、このときに今のベースができた。中学校3年までこのクラブで練習したのですが、ほとんどが基礎。簡単に言えば、倒立で爪先、膝はしっかりと伸ばせとか、着地の姿勢ですね。毎日、同じことを言われたし、やっていた。そして、これが今に繫がっているんだと、感じることができるんです」

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正確な演技の素地が育てられたわけだ。さらに、小学校2年のときに見たある映像も、谷川を体操へと強く引き寄せていった。それがアテネ・オリンピック男子団体決勝の、冨田洋之選手の演技。“伸身の新月面の描く放物線は栄光への架け橋だ”という、NHKの刈谷富士雄さんの実況を覚えている人もいるかもしれない。鉄棒で見事に着地をピタッと止めた姿に、谷川は感動を覚えた。オリンピック団体で28年ぶりの金メダルだった。冨田さんは現在、順天堂大学で谷川をはじめとする体操競技部を指導する立場にもある。

「小学校のときから、コーチにはオリンピックを目指せと言われていました。それがどれほどすごいことかは、まったく理解していませんでしたが、その頃から目標にはしていました。楽をしていたら強くなれないとも思っていましたね。だから、友達と遊んだ記憶はほとんどない。学校とクラブの往復で、毎日が過ぎていくという感じだったんです」

市立船橋高校に進学。体操部に入って、週に1回が休みとなり、やや楽な生活になったらしい。さらに、この高校では、練習では自主性が最優先された。これが谷川に嵌まった。

「自分で考えて、自分のペースでできることが、非常にやりやすかったです。団体もあるんですが、体操は基本的には個人競技ですから、選手によって練習方法も変わってきますからね。そして、ここぞというときだけ、顧問の神田(眞司)先生が的確な指導をしてくれた。先生が注意してくれたことを自分のなかで吸収していければ、絶対に強くなれると信頼して、練習していましたね」

ライバルが多いのは僕にはいいこと

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確かに、強くなった。だが、谷川と同世代には、とてつもない選手がたくさんいた。なかでも、今回の世界選手権の代表、萱和磨や白井健三とは同学年である。そして白井は高校2年生で、早くも世界選手権の種目別ゆかで優勝を飾っている。

「(白井)健三と初めて試合で一緒になったのは、中学校2年生のときでしたね。最初は、あんなふうになりたいって憧れの部分がありました。当時から、ひねりがすごすぎでしたから(笑)。ただ、高校に入ってから、僕も全国で戦うようになって、“コイツには負けたくない”と感じるようになった。だから、彼が世界選手権で金メダルを取ったときは、自分も取れるんだと思いましたね。健三ができるんだったら、僕もできると考えていたんです。彼のおかげで、世界に対しての距離が縮まった感じ。だって、冨田さんや内村(航平)さんを見ていたときは、遠すぎてオリンピックまでの距離も、全然つかめていなかったですからね」

そして、谷川にはどうしても気になる選手が、もう1人いる。それが弟の翔である。小学校から大学(現在、航が4年、翔が2年)までずっと同じ場所で体操を続けてきた。先行したのは翔。今年4月に行われた全日本選手権で内村、白井を抑えて優勝を果たしたのだ。これは、内村の11連覇という偉業を阻止したとして、大きな話題にもなった。

「取材が来たら、だいたい翔の話が出ますね(笑)。まぁ、ずっと一緒だったから、一番負けたくない選手だけど、頑張ってほしいって感じです。去年は翔が腰痛で、全然いい結果を残せていなかったんですよ。そのときには、もうちょっと頑張れ、と思っていたし、もどかしい部分もあった。でも今年は、逆に上に行かれてしまったので、僕より下ぐらいでいいのに、なんて(笑)。今回、代表選考のときは、決勝で僕は調子がよかったけど、翔が全然ダメで、もったいないなと思った。でも、これは勝負ですから。本当は、2人で一緒に代表になるっていうのが、僕にとっては理想ですね」

よかったのは2年連続の代表入り

冒頭でも話した通り、谷川は順天堂大学の体操競技場で日々、練習を行っている。そして、ここでは高校のときより自由度が大きくなった。

「やっぱり、こういうスタイルが自分に合っているんだなと、改めて思っています。今は、週に6日2~3時間の練習があって、そのうちの1日はストレッチなどのケアに充てられています。普段は、最初にも言ったように、一つひとつの技の精度を上げていくような練習が多いですね。ただ、ケガが怖いですから、何度も繰り返すようなことはしません。休憩を入れながら、一本を大切に集中して行っています。大学に入ってから、大きなケガをしていないので、それが順調に伸びることができた大きなところだと思っています。ウェイトトレーニングやランニングなどは一切しません。体操の筋肉は体操で作られると思っていますから」

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さて、今回の世界選手権で谷川がどのような活躍をするのかは、期待して見てほしいのだが、もちろん彼のなかでは2020年の東京オリンピックという大きな目標がある。それは、決して簡単な道ではない。世界のなかでもっとも選手が揃っている日本では、代表に選ばれることが、まず非常に難しいことなのだ。

「とりあえず今年、代表に選ばれたというのは大きいと思っています。東京オリンピックのとき、僕たちの世代が引っ張っていくとしたら、1年だけ代表に選ばれるのでは足りない。いつでも名前が挙がるようにならなくてはいけないんです。そういう意味で、2年連続というのはよかった。この先、来年、再来年と繫げていってオリンピックに行けたらいいですね。ライバルは多いのですが、それは客観的に見れば日本が強くなるためにはいいこと。自分としては大変ですが、この先、中国に勝つためには、もっと実力のある選手が出てくることが重要という面もある。下からどんどんと押し上げてくれないと、金メダルは簡単には取れないし、そのなかで自分が伸びていくことが、大切だと思うんです」

取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴

(初出『Tarzan』No.752・2018年10月25日発売)

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